そういえば、と、今日主君にこの役目を命ぜられた時の事を思い出した。


――「噂にも聞いていようが、客人は黒髪黒い瞳をしている。だが普通の人の子だ。神告に導かれて、この地に来たのだ」

「はい」

「まあ……汝には理解しかねる言動も多々するだろうが、それはあれの常識の上でのことだ。大きくこちらの決まりを逸脱しない限り、好きにさせよ。よいな」

「承りましてございます」

すると、主君は軽く睨むような目を向け、クスッと笑った。

「……惚れるでないぞ」

目は笑っていない。

「は………」

驚きと、訳が分からないのとで、頭を下げるしかできなかったが。

実際桜を見たとき、吹き出しそうになった。

惚れる?これに?

奥二重で、低い鼻。忌まわしい真っ黒な髪。
太って頭まで鈍そうな体。

自分が今付き合っている美しい女官に比べたら。

………いっそ哀れだ。

(我が君も、近侍に冗談を仰ることがあるものなのだな)

そう思っていた。