何とか立ちあがっても、フラリ、フラリ。

足がもつれて、一向に桜の方へなど体が向かない。

戸惑うように小さくうなりながら何とか飛びかかろうとしても、まるで見当違いの方へ小さくジャンプするだけ。

異変に気付いた観客たちは、ざわざわと戸惑いと不満の声を上げ始めた。短気な男の観客が何事か叫んでいる。

それでも獣はフラフラとよろめくだけで、まるで戦意などなくなってしまったようだった。


ほう…と桜は安堵のため息をついた。

……よかった……助かった…


トラやサーベルタイガーのような風貌をした、この獣。

桜のいた世界ではネコ科として知られているけれど、いくら似ているからといっても、この異世界の生き物にその常識が通用するかどうかは、本当に賭けだった。


――『猫ちゃんのおヒゲはぁ、アンテナのような役割なんですよ~!切れちゃったら、まともに歩けなくなっちゃうそうです~!!』


元の世界にいた最後の夜、あの広いリビングで独りで見たテレビ番組。

そのMCの甲高い声を、桜はまたぼんやりと思い出していた。