桜がカナンに翻弄され。

シュリが、桜に自分の気持ちを伝えてホッとしたような、もう後戻りができない事に緊張するような、そんな複雑な気持ちを抱えながら街にある宿へと帰る頃。

駐屯地でのアスナイは、ごく簡単な旅支度を終えて、報告書を胸の奥にしまっていた。

もう夜になっているし、旅に出るのは少々都合の悪い時間帯だったが、明日早めに謁見を終えるには今がギリギリの出立時間だった。

きちんと片付けられた自室を見回して、忘れ物がないか確認した後、部屋を出た。

部屋の鍵をかけていると、向かいから風呂支度をした同僚が二人歩いてくる。
アスナイに気づいて、片手を上げた。

「おう、何だどっか行くのか」

「ああ、王都にな」

うなずいて答えると、目を丸くされた。

「今からか?」

「明日の朝じゃだめなのか」

二人に小さく笑って見せる。

「謁見しないといけないからな。王都の門が開かれる時間までに着かなくては」

あ、そうかと納得した同僚の一人が、まじまじと彼を見た。

「……お前、何か王都であるのか」

「ん?」

「いや……なんとなく嬉しそうだからよ」

一瞬言葉に詰まった。

「いや…そう見えるか?」

「ああ」

二人が揃ってうなずいた。

「………」

カチャ、と鍵を引き抜き、バッグに入れる。

「アスナイの事だからなあ。珍しい薬を手に入れる算段があるか、欲しい本があるのか」

「色街目当てじゃねーな、絶対。お前、プロだろうがその辺の町娘だろうが、言い寄ってくる女に関しては前以上に容赦ねーもんな」