遠くの光にふれるまで





「おまえを天使にするために、閻魔王と秦広王に協力を仰いだ」

 閻魔庁の応接室に通され、豪華なソファーに座った瞬間、藤原さんがそんな恐ろしいことを言った。

 わたしを天使にするために、閻魔王と秦広王に協力を仰いだ?
 十王のふたりが、わたしのために動いたなんて。そんなことがあってもいいのだろうか。

 でも、その理由は明白だった。

「天使になる上で、おまえと丙の交際は足枷になる。天使と人間の交際は大罪。それを誰かに知られたら、その時点で天使への道は閉ざされる。だからふたりの協力が不可欠だった。秦広王には丙との関係よりも、生前の行いを注視するよう言っておいた」

 確かにそうだ。清い存在でなくてはならないはずの天使が、実は大罪を犯していたなんて知れたら……。

 でもひのえさんを愛したことが罪だなんて。納得はできない。
 わたしはただ一人の男を好きになっただけ。そのひとが天使だった、それだけなのに。

 ひのえさんとの大事な一ヶ月が、足枷だと言われてしまうなんて……。


「……でも、そんなことしちゃって、藤原さんたちは大丈夫なんですか?」

 この質問には、閻魔王の坂本さんが答えてくれた。

「まあ嘘をついているわけじゃないし大丈夫だよ。生前の若菜ちゃんの行いは事前に閻魔帳と浄玻璃の鏡で確認したけど、丙くんとのことはさして問題じゃないと判断した。付き合っていたのは一ヶ月だし、その後病気が発覚して死ぬまで一度も会わなかったわけだしね」

「ただし天部衆の中には頭の固いやつらもいるから、それを説明して理解させるのには時間がかかる。だから俺たちの独断で動いた。それだけだ」

「秦広王の戸部は学生時代の後輩でね。俺が勉強、藤原が武術を教えてあげてたから、今でも頭が上がらないんだよ」

 旧友らしいふたりは息ぴったりでそう言った。

 わたしを天使にするために、これだけの大物たちが動いてくれたなんて。秦広王はふたりに頭が上がらないだろうけど、わたしはきっと一生このひとたちに頭が上がらないだろう。


「ああ、ひとつ言っておくけど、この話は墓まで持っていってね。上にバレたら面倒だから」

 坂本さんはへらっと笑いながら、手をひらひらと上下に振る。


 こうなったら、わたしは絶対に天使にならなければいけないと思った。

 先立つ理由は「丙さんに会うこと」という不純なものだけど。それでも協力してくれた藤原さんたちへの恩返しのために。





 藤原さんとふたりで閻魔庁を出て、わたしがしばらく留まることになった秦広庁の宿舎まで歩く間、どうしてわたしなんかに協力してくれるのか質問してみた。

 藤原さんはあっけらかんとした様子で「おまえには世話になったからな」と答える。

「わたし、お世話しましたっけ……?」

「うちの仕事を何度も手伝ったろ。その恩返しだと思っていい」

 確かに手伝いはしたけれど……。手伝いの内容と恩返しの内容が比例していないんじゃ……。
 戸惑いながら「はあ」と曖昧な相槌を打つと、藤原さんはわたしの髪をわしゃわしゃ撫でて「戸惑うな」と。真っ直ぐな声で言った。

「ある程度のことはサポートしてやる。でも進むのはおまえ自身だ。迷えば躓く。真っ直ぐ進め」

「藤原さん……」

「そんで卒業後はうちに来い」

 少しじいんとしかけていたってのに、結局最後はスカウトに持って行かれて、ふはっと笑う。
 

 頑張ろう。ちゃんと天使になって、ひのえさんに会いに行こう。
 入学試験は二月。あと二ヶ月半でどれだけできるか分からないけれど、きっかり十六年で会いに行くため、真っ直ぐ進むしかない。

 そう決意すると途端に足取りが軽くなった。

 わたしはただ前だけを向いて歩いた。