十一月一日、日曜日。ついにその日が来た。
昼過ぎに藤原さんと梅田さんが訪ねて来たのだ。
慌てて花と春一、店長さんと野分さんにも連絡したけど、時間的に店長さんは仕事中、野分さんは部活中だろう。
すぐに到着した花と春一、父ちゃんとあかり、藤原さんと梅田さんに見守られ、うっすらと目を開けた若菜さんは「あんまりみないで、はずかしい」と小さく笑う。つられて俺たちも笑って、ぴんと張りつめていた空気が和らいだ。
こんなときまで、若菜さんは若菜さんだ。
その隙に俺は藤原さんを廊下に連れ出し、丙さんを呼んでほしいと頼んだ。でも所属が違うから直接の連絡先は知らないし、天使連盟から部署、部署から天使部隊の総隊長、総隊長から隊長、隊長から丙さんに連絡が行き、それから駆けつけるのには時間がかかり過ぎる。
個人的なことで各署を動かすわけにはいかない、と。正論を言われた。
確かにこれは完全に個人的な頼みだ。やっぱり本人たちがどうにかするしかなかったのだ。
項垂れる俺の肩を、藤原さんは優しくたたく。
「それに、藤宮から言われてる。丙は心配性だから、自分がこんな状態だって知ったらどう思うか分からない。だから話さなくていい。いつかまた会えたら直接言うって」
「……それは、いつのことっすか?」
「半月前、バーに行った日」
「そう、ですか……」
「だからあまり気に病むな。おまえが気に病むことを、藤宮が望むと思うか? 藤宮が望まないことはしてやるな」
「……はい」
そうして藤原さんに励まされ、俺たちは若菜さんの周りに座り、なんてことない世間話をして過ごした。
若菜さんは時たまくすくすと小さく笑って、楽しそうにしていた。
最後の最後まで若菜さんらしい。
でもしばらくすると目は虚ろに、呼吸は浅く速くなり、苦しそうな息を漏らした。うまく呼吸ができないらしい。
ひっと吸い上げ、ふっと吐く。その間隔が、少しずつ長くなっていく。呼吸がだんだん、減っていく。だんだん。だんだん。
ひっと吸い上げた息がなかなか吐かれず、俺たちは必死に若菜さんの名を呼んだ。そうしたらふっと吐くから安心するが、また吸い上げた息が吐かれない。
それを何度か繰り返し、喉を傷めてしまいそうなくらい叫んでいるうちに、呼吸は、静かに止まった。いや、止まっていた、と言ったほうが正しいかもしれない。
それに気付いて、みんなそれぞれ名前を呼びながら泣き喚いた。
若菜さんの身体は、もう動かなかった。
代わりに身体から、ふわっと。煙のようなものが浮かび上がる。紛れもなく、若菜さんの霊だった。
煙は少しずつ形を変え、ついに若菜さんの姿になり、畳の上に着地した。
「ああ、やっと声が出せる。苦しかったー」
霊体になっても、やっぱり若菜さんは若菜さんだった。



