遠くの光にふれるまで





 十月の末。いよいよそのときが迫っていた。
 若菜さんはひどい貧血と身体の痛みで、起き上がるのもつらくなった。

 頻繁に輸血をし、ほとんど食べれなくなったから点滴で栄養を補っていた。
 父ちゃんによると、癌があちこちに転移してしまっているらしい。

 そんな状態なのに、店長や野分さんが見舞いに来ると平和に笑って、なんてことない雑談をする。

 俺はどうにか丙さんに来てもらいたくて、あちこち天使を探し回ったけど、誰とも会えなかった。
 天使が運営するバー、セーフハウスに行って、どうにか丙さんと連絡を取ってほしいと頼んだけど、階級も所属も違いすぎるから難しいらしい。それなら藤原さんにと頼んだが、あのひとがバーに寄ることは滅多にないから、それも難しいと言われてしまった。

 若菜さんはあんなにしっかり何でもこなしていたのに、俺は何にもできない。
 それが悔しくて、情けなくて仕方ない。


 あちこち走り回って、疲れ果てて帰宅すると、家の前には見慣れない車。玄関には綺麗なハイヒールと上等な革靴があった。若菜さんの部屋からは明るい笑い声。

 何事かと思って覗くと、本当に何事かと思う状況だった。

 我が家の客間――今は若菜さんの部屋に、花嫁と花婿がいた。
 若菜さんが働いていた雑貨屋の店長さんと婚約者のひとだった。

 俺が覗いたときは、ちょうど記念撮影の真っ最中。ウェディングドレスを着た店長さんと、タキシードを着た婚約者が窓辺に立ち、花が持ったカメラに向かってピースしていた。

「とうごくん、おかえり。店長たち、今日写真撮って来たんだって。わざわざ見せに来てくれて。きれいだよねえ」

 心底羨ましそうに若菜さんが言う。

「わたしも早く着たーい! ほんと羨ましい! 店長さん、もう一枚いいですか! 目線くださーい!」

 花は頬をピンク色に染めて、今までにないくらい興奮している。

「ハナちゃんならすぐだよ、すぐ」

「そうですかねえ。着れますかねえ」

「あれ、花ちゃんって春一くんと付き合ってるんじゃないの?」

「ああ、それ俺も思った」

「違いますよ! 春一くんはただの幼馴染みです!」

「じゃあ燈吾くんか」

「ちっ、違います! 燈吾くんはお友だちで……!」

「ほんとにー?」

「ああ、でも花ちゃんと燈吾くん、お似合いかも」

「ついさっき春一くんと付き合ってるように見えたって言ったじゃないですか」

「まあ、選びたい放題ってことだよ」

「そ、そんなんじゃないんですってー!」

 若菜さんが笑う。店長さんも、婚約者のひとも。花も照れくさそうに笑っていた。

 これが、若菜さんの最後の大笑いだった。