遠くの光にふれるまで





 数日後、学校からの帰り道。ふと顔を上げると、前方に見慣れた後ろ姿が見えた。
 若菜さんだ。
 だけど若菜さんひとりではなかった。スーツを着た男女に挟まれるようにして歩いている。
 そのスーツの男女も、見知ったひとたちだった。

 早足になって追い付いて、声をかける。振り返った三人は俺を見て、三者三様の反応を見せた。
「とうごくん、おかえり」と穏やかな顔の若菜さん。
「なんだ、お前か」とスーツの男性は無表情で言う。
「篝火くん、こんにちは!」スーツの女性は見るからに元気そうな表情。

「藤原さんも梅田さんも、こんなところで何やってんすか」

 スーツ姿の男女、藤原さんと梅田さんは天使。でも丙さんたち天使部隊のひとではなく、天使課の所属。毎日人間界に下りて、死んでしまったひとの魂を三途の川のほとりに送る仕事をしている。
 毎日人間界に下りると言っても、管轄は俺たちが住む県全域だから、滅多に会うことはない。最近はほとんど見かけていなかったのに、若菜さんはいつの間にこのひとたちと出会い、こんなに親しげに話すようになったのか。
 若菜さんのコミュニケーション力には脱帽する。

「携帯と通帳の解約に行ったんだけど、偶然会ってね。バーに連れて行ってもらった」

 いつもより顔色が良い若菜さんが、平和な声で説明してくれた。

「へえ、セーフハウスに? 良かったっすね」

「うん、楽しかったよー」

 セーフハウスという名のバーは、普通の店ではない。
 藤原さんたちが三途の川のほとりまで送ってくれるのを待ったり、未練を晴らすための送迎バスを待つ間、そこらを浮遊していると、悪いやつらに捕まりやすくなるし、悪霊化してしまったりする。それを防ぐため、迎えを待つ間に留まるバー。その名の通り、隠れ家。それがバー・セーフハウスだ。

 肝試しをしたときに話し、今度連れて行ってあげようと思ったのに、タイミングを逃し続けていた。
 でも藤原さんが連れて行ってくれたのなら良かった。
 なんせ藤原さんは結構な階級にいるひと。天使が運営するバーに人間の俺と行くよりも、結構な階級の天使に連れて行ってもらったほうが気軽に過ごせるだろう。


「飲んできたんですか?」

「まさか。昼日中に出先では飲めないよ。ふたりは飲んでたけど」

 若菜さんがじと目でふたりを見遣る。
 藤原さんは何食わぬ顔で「店のやつらが飲め飲めうるさくてな」と。梅田さんは仕事中にアルコールを摂取したことを反省しているようで「藤原さんが、俺の酒が飲めねえってのかと……」と罪悪感たっぷりに言った。パワハラじゃねえか。


「篝火が来たなら、俺らは戻る。篝火、あとは頼んだぞ。藤宮、またな」

「藤宮さん、あとのことは任せてくださいね! 篝火さん、さようなら!」

 あっさり、振り返ることなく行ってしまうふたりの姿を見つめながら、若菜さんに「また会う約束したんすか?」と聞いてみると「ううん」と首を横に振る。

「会う約束はしてないんだけどね。そのときが来たら、待たせずちゃんと迎えに来て、すぐに三途の川に送ってくれるって。霊力が強い人間だと、悪いひとたちに捕まりやすいからって」

 ああ、そうか。お迎えの約束か。
 若菜さんは本当にしっかりしている。携帯も通帳も解約したみたいだし、お迎えのことまで。
 すでに父ちゃんには、親戚の連絡先や墓地の場所を伝えてあるらしいし、花たちには服や小物を好きなだけ持っていって構わないと言ってあるらしい。
 こんなしっかりしているなら、どこに行っても大丈夫かもしれないと思った。

 病気だということを知らされて三ヶ月。
 俺はようやく、このひととの別れを受け入れ始めた。