遠くの光にふれるまで






 そんな考えが現実味を帯びてきたのは十月に入ってすぐのこと。

 夕方、若菜さんから電話があって駆けつけると、若菜さんは真っ青な顔で、アパートの階段に座り込んでいた。
 どうやら近所のスーパーに買い物に行った帰り、アパートの階段を上ろうとしたが力が入らず、踏み外して転げ落ちてしまったらしい。たった数段落ちただけだったから、幸い膝を少し擦りむいただけで終わったが。これが最上段からの落下だったと思うとぞっとする。

 若菜さんを背負って部屋まで運び、手当てをしながら「そろそろじゃないっすか」と告げた。

 前に提案した、うちでの同居の話。うちに住んだらみんないるし、客間は一階だから、階段から落ちる心配もない。

 提案したときは曖昧な返事をしていた若菜さんも、今回のことでさすがにショックを受けたのか「そろそろかもね……」と力無く頷いた。



 数日後、花と春一を若菜さんのアパートに呼び、病気のことを打ち明けた。

 ふたりとも真剣に話を聞いていた。いや、放心状態で話を聞いていた。何と相槌を打ったらいいのかも分からないようだった。

 病気のこと、余命のこと、治療は受けないことと、その理由。今まで黙っていた理由。いよいよそのときが近付いてきたため、うちで同居生活を始めることになったこと。
 それを話し終えても、ふたりは無言だった。

 若菜さんは俺に視線を向け、困ったように笑う。

「花、春一。ってことだから、今まで通り、よろしく頼むよ」

 見兼ねて声をかけると、ようやく「あ、うん……」と声を出した。

「いや、あの、分かったんだけどね……」と花。

「うん?」若菜さんが首を傾げる。

「分かったんだけど……ごめんなさい、ちょっと……ちょっとでいいから、泣かせてもらうね」

 言った瞬間、花は若菜さんの胸に抱きついて「うわーん」と。漫画みたいに。大声で泣き始めたのだった。
 それを見て春一もくしゃっと顔を歪め、目から涙をぼろぼろ流しながら、若菜さんの背中に抱きついた。
 そしたら俺ももらい泣きして、三人を包むように抱きしめた。

「ごめんね、みんな。ありがとう……」

 呟いた若菜さんの声も、ちょっと濡れていた。