遠くの光にふれるまで




 九月に入り、夏休みも終わりに近付いた頃。花が重そうなバッグを持ってやって来た。
 バッグの中身は大量の写真。
 どうやらこの夏撮りためてきた写真を現像し、人数分焼き増ししてくれたらしい。が、それをアルバムに収納するという作業はさすがに面倒だったらしく、俺たちに手伝わせようと、持ってきたのだ。

 ほんのひと月前のことなのに、この夏はいろんなことをしたせいかすでに懐かしい。
 若菜さんも誘ってみんなで思い出を振り返ろうと電話してみると、留守電に繋がった。それに「今みんなで写真の整理してるんだけど、良かったら若菜さんも」と吹き込み、返事を待つ。
 だけど一時間経っても返事はなし。
 試しにもう一度電話してみたら、長いコールのあと、留守電に切り替わる頃になって、ようやく出てくれた。

「……ごめん、とうごくん、ちょっと寝てた……」

 それは、どう聞いても寝起きの声ではなかった。力が入らない、か細い声だ。

 気付けば家を飛び出して、若菜さんのアパートに向かって走っていた。





 玄関のドアを開けた若菜さんの顔色は、案の定悪かった。真っ青で、目にも生気がない。身体も力が入らないようで、立っているのもつらそうだ。

 慌てて若菜さんの身体を支えて、すっかり殺風景になってしまった部屋に押し入る。

 ベッドに下ろすと若菜さんは申し訳なさそうに笑って「ごめんね……」とか細い声を出す。

「いいから。どうしたの? 吐いた? 貧血? お腹痛い? 薬は飲んだ?」

「薬はちゃんと飲んでるよ……。ちょっと疲れただけだから、平気だよ……」

 平気なようには見えない。

「喉渇いてない? お腹空いてない?」

 顔を覗き込みながら言うと、くすくす笑って「とうごくんは心配性だなあ」なんて言うから、呆れて若菜さんの額をぺちんとたたいた。

「病人を心配するのは当たり前っすよ」

「病人扱いされたくないんだけどねえ……」

「でも病人なんだから、安静にしててくださいね」

「……」

 若菜さんは、返事をしてくれなかった。こんなに心配しているのに、と。心配が怒りに変わって「安静にしててくださいね?」と語気を強める。

 そこではっとして、すぐに謝罪をした。

 そうか。前に若菜さんが言っていたことはこれか。

 若菜さんのおじいさん。末期の胃癌で、それでも家族は諦めきれなくて、治療を受けさせたと言っていた。
 まだ死んでほしくないからと無理矢理治療を受けさせ、あれこれ禁止し、ベッドに縛り付けた、と。そこに本人の意志はなく家族の我が儘だった、とも言っていた。

 やりたいことも出来ずに事故で逝ってしまった親父さんや、やりたいことを我慢して過労で逝ってしまったお袋さんも同じだ。

 だから若菜さんは、最期まで楽しいことややりたいことをして、気持ち良く向こうへ行くことを選んだはずなのに……。

 今度は俺が、若菜さんをベッドに縛り付けようとしていた。本人の意志を無視して、俺の意志で無理矢理に……。


「ごめん、若菜さん……ごめん……」

 それでも若菜さんは「平気だよ」と笑った。