遠くの光にふれるまで







 夏だから、と若菜さんはアイスココアを作ってくれて、それを飲んだら少し落ち着いた。

 今までにないくらい涙と鼻水が出て、若菜さんちのティッシュを大量に使ってしまった。ゴミ箱いっぱいのティッシュを見て、若菜さんは「あはは」と平和に笑う。

「ゴミ増やしてすいません……」

 謝った声は、今までにないくらい鼻声だった。

「いいよ。大掃除の最中だし、ティッシュが少し増えるくらい大丈夫だよ」

「……物、随分減りましたね」

 申し訳ないけどまたティッシュを取って、鼻をかみながら部屋を見回す。
 本棚の本や減り、ステレオやDVDプレーヤーもなくなっている。棚の上の小物も減って、代わりに掃除用品が置いてある。

「家具や家電は欲しいって言ったひとたちにあげて、本やCDは少しずつ売ってるの。部屋がごちゃごちゃしてると、大変でしょう。遺品整理」

 遺品整理、という言葉がずしんと胸に響く。

 今まで若菜さんが使っていたものの名が変わってしまう。日用品が、遺品になってしまう。
 それが悲しくて、もどかしい。

「……俺も、もらえますか? 何でもいいんですけど……」

 だから俺も、欲しいと思った。遺品にしたくないと思った。若菜さんの日用品を、俺の日用品という名に変えたかった。

「いいよ。欲しいものがあったら何でも言って。いつでも物色しに来ていいから。ハナちゃんたちにも言っておかなきゃ。ああ、でも病気のこと伝えなきゃならないのか。悩みどころだね」

 顔色が悪いことを除けば、いつも通りの若菜さん。このひとの身体が病魔に侵され、来年を迎えられないかもしれないなんて。誰も思わないだろう。
 このひとは本当に死んでしまうんだろうか、と。思わざるを得ない。

「……花にも春一にもあかりにも、まだ言わなくて良いと思います。あいつらのことだから俺以上に取り乱すだろうし」

 すでに花は、こっそり店に行って若菜さんの様子を窺ったとき、ちょっと泣いていたし。
 若菜さんの体調が悪いのは、丙さんと会えないことがストレスになっているんじゃないかって、勝手に予想して。

「じゃあ部屋の模様替えと大掃除ってことで、声かけることにする」

「それがいいっすね……」

 そんな話をしていると、心臓も身体の震えもすっかり落ち着き、涙や鼻水も止まってくれた。
 だからようやく「治療を受けない理由、聞いてもいいっすか?」と尋ねることができた。