遠くの光にふれるまで





 き組の方々が次の仕事に向かったから、若菜と俺は公園のベンチに座って、雑談をすることにした。
 若菜は「こんなことしていていいんですか?」と言ったけれど、そもそも今日ここに来た理由はこいつに会うこと。何も問題はない。


「体調は?」

「うーん、まだ少しお腹の調子が悪いんですが、随分良いですよ。普通に仕事もできますし、顔色が悪すぎて早退させられることもありません」

「そっか。良かったな」

「はい、ご心配おかけしました」

 本人はこう言っているけど、やっぱり俺にはそうは見えない。
 体調を治せるのは、恐らく丙さんだけだというのに……。

「そういえばさっき藤原さんが、天使になってうちで働けって言ってましたけど、そんなことできるんですか?」

 心配をよそに、若菜は平和な声色でそんなことを言った。

「ああ、一応できるよ。条件が厳しいから、元々天界生まれじゃないやつが天使になるのは大変だけどな。……」

 丙さんや、丙さんが所属する七番隊の隊長も、人界や修羅界出身だぞ。言おうとしたけど、寸でで思いとどまった。
 今の状態で丙さんの話題を出すのは、良くない気がした。


 体調が良くない代わりに、霊力のほうは増していた。
 そりゃあ天使部隊副隊長の丙さんと付き合っていたり、天使部隊所属の俺や千鳥と遊んだり、天使課き組のひとたちと交流していたら、嫌でも霊力は増すだろう。
 特に藤原組長は、昔天部衆の補佐官をしていたひとだ。力は相当強い。

 だけど燈吾たちと霊力をコントロールする訓練の成果か、それは知り合った頃よりも随分安定していた。

 これなら死後、六界のどこへ送られてもいい。人柄や人だった頃の行いも審査の対象になるから、これだけお人好しなら天使の素質はあるだろう。
 まあ、人間の時間で言えば、ずっと先の話なんだろうけど。

 そう、ずっと先の話だ。


「あ、そうだ。これからとうごくんの家にお呼ばれしてるんですが、宿木さんも一緒にどうですか?」

「燈吾の家ぇ? なんでまた」

「お好み焼きパーティーするから一緒にどうですかって誘われて。ていうか天使の姿のままでも食事できます?」

「食えはするけど。食うっていうより嗅いで味わうだな。実際に飯が減るわけじゃねえ。食い物に顔突っ込むと、口ん中に味が伝わってくるから、それを楽しむくらい」

「へえ! なんていうか、お行儀悪いですね」

「ほら、仏壇や墓に食い物供えるだろ。供えたあとで味が薄くなってたら、人じゃないやつが顔突っ込んだ証拠だよ。においや味だけ持って行ってるんだ」

「じゃあ今日は宿木さんがお好み焼きに顔を突っ込む様子が見られるんですね」

「いや。実体化する薬、持ってきてるから」

「準備がいいですね」

 笑いながら立ち上がって、並んで歩いて燈吾の家に向かう。

 陽はもう傾き始めていて、それに照らされ橙色に染まった若菜の横顔を盗み見た。

 雑談中の笑顔を保ってはいるけれど、何を思い出しているのか、少し切なげだった。

 何を思い出しているのかなんて、分かり切ったことじゃねえか。
 丙さん。
 あんたは罪なひとだな。
 惚れた女にこんな顔させて、体調が悪いことも知らないで……。

 腹がたったから、ふたりの仲を取り持つことは絶対にしない。そう誓った。