遠くの光にふれるまで





「喧嘩するのは構いませんが」

 そんな風に切り出したのは春一くんだった。

「もう丙さんは藤宮さんに頭が上がりませんよね。だって丙さんはあと二年、藤宮さんを探すことができなかったのに、その前に藤宮さんは天使になって会いに来てくれた。丙さんは探せないけど、藤宮さんから会いに行く分には構わないっていう穴を使ってね。つまり今こうして付き合えるのは藤宮さんのお陰だということになります。付き合うも別れるも、その主導権は藤宮さんにあるのでは?」

 相変わらず真面目な春一くんがそう言って、丙さんはがくっと項垂れる。

「……ごめん」

 そんなに反省しなくてもいいのに。反省するのはわたし。
 今まで「嫉妬する」なんてなかったから、ひのえさんの気持ちが少し分かっただけで有り難かったんだから。いつもひのえさんはこんなにもやもやしていたのか。

 少し反省する、と同時に、仕返ししたいという気分になった。こんな感情になったのは初めてだった。天使になったとはいえ、この十八年でわたしは少し悪い子になったのかもしれない。

「丙さんは少し危機感を持ったほうがいいですね。藤宮さんと一緒にいるからって安心して慢心していると、いつの間にか取り返しのつかないことになっているかもしれませんよ」

 そう言う春一くんの表情はどこか悲しげだった。
 もしかしたら彼も、安心して慢心していたせいで、取り返しのつかないことになった経験があるのかもしれない。

 でもまあこれもお互い様だ。
 ひのえさんは昔から女性天使に人気みたいだし、副隊長に戻ってからはますます言い寄る子が増えたみたいだし。
 一緒にいるからって安心して慢心していたら、いつの間にか気持ちが離れているかもしれない。天使の長い時間じゃあ、有り得ないことじゃない。十八年大丈夫だったからと言って、この先も大丈夫だとは言い切れないのだ。





 そのあとはみんなの輪から少し離れ、庭に面したガラス戸を開け放って足を投げ出し、とうごくんと並んで座って話をした。
 とうごくんはわたしが天使になっていたということを驚く反面、喜んでくれているみたいだ。

「わたしこそ驚いたよ。とうごくんがお医者さんとはね。小さい頃から医者になんてならないって言ってたのに」

 事実、当時彼は経済学部だった。卒業したら普通に就職すると言い張っていた彼にも、きっと色々あったのだろう。

「若菜さんが死んだあと大学辞めて、医大目指したんだ。二浪したけど。花も同じ頃に大学辞めて、看護学校にね。やっぱり若菜さんの死は、衝撃的だった」

「わたし? そうなの?」

「そうだよ。それこそ人生を変えるくらいに」

「うーん。何て言ったらいいのか分からないけど……。ごめんね」

「謝らないでよ。今では医者になって良かったって思うよ。小さな町医者だけど、何とかやってる」

 そう言ってとうごくんは笑って、わたしの頭をわしゃわしゃ撫でる。