遠くの光にふれるまで





 次の週末、ひのえさんがお休みを取ってくれて、ふたりで現世に出かけた。

 とうごくんたちに会うためだ。

 学生時代、演習で何度か現世に来たけれど、自由時間なんて一秒もなかったし、そもそもとうごくんたちが住んでいる場所から随分離れた場所だったから、会いに行けるわけがなかった。
 でも天使になって自由な時間を持てるようになった今なら、休日に現世に行くことができる。


 ひのえさんはとうごくんたちの情報を一切くれなかった。

「前情報なしで会ったほうが楽しめるだろ」とのことらしい。

 千鳥ちゃん経由でとうごくんたちには「今度の土曜に行くから篝火家に集まってくれ」と連絡は行っているらしい。ただし訪ねるのがひのえさんとわたしだということは秘密。彼らは千鳥ちゃんが来ると思っているはずだ。


 天使としての霊力を弱め、人間にも姿が見えるようにする薬を飲んで、懐かしい故郷に降り立った。

 昔は数時間ほどだった薬の持続時間も、ここ十年で進化して最長二十四時間に。しかも解毒剤なしに、服用者次第で自由に時間を変えられるようになった。つまり用事が済めばすぐに姿を消せるようになるし、消した後でも霊力を込めれば姿を現すことができるということ。

 開発課の方たちによると、現在薬の効果時間を四十八時間にする研究を進めているらしい。
 出がけに「今なら無償で薬が試せますがいかがですかー?」と明るく勧誘されたけれど、丁重にお断りした。


 駅前でお土産にプリンを大量に買って、懐かしい道を歩く。

 この十八年で街並みは少し変わってしまっていて、見知らぬ家やアパート、商店が並んでいた。そりゃあそうだ。十八年といえば、あの頃生まれた子はもう高校三年生。進路を悩む時期だ。

 それでもひのえさんと出会ったあの横断歩道は、あの頃のままそこにあった。

「一目惚れごっこします?」

 提案したけれど「やだよ、こんな昼日中に」と断られてしまった。じゃあ夜ならいいのだろうか。


 思えばひのえさんとこうして並んで歩くのは初めてだった。
 結局一度もデートをしないまま離れてしまい、再会しても休みが合わないから、会うのは週末どちらかの部屋で、というあの頃と何ら変わらないお付き合いをしていた。

「手、繋いでもいいですか?」

 この提案には頷いてくれた。

 ひのえさんはプリンが入った箱を左手に持ち替え、空いた右手をわたしに差し出す。
 自分で提案したくせに、わたしは少し照れながら、彼の手を握った。胸がじいんと熱くなった。


 篝火家は、昔と何も変わっていなかった。
 道路沿いにこぢんまりと建つ篝火医院と、そこから直結する自宅。みんなで何度も集まった広い庭。
 わたしが人間として最期のときを過ごした場所。

「ひのえさんはたまに来ているんですよね」

「ああ。八年前に立ち入り禁止が解けてからは毎年な。おまえの墓参りのついでに顔出してる。今年の彼岸も来た」

「ずるい。これからはわたしも連れて来てくださいね」

「いやおまえは普通にひとりでも来れるだろ。実家みたいなもんなんだし」

「実家みたいなものでも十八年音沙汰なかったら来づらいですって」

 言葉の通り、わたしは少し緊張していた。

 わたしたちの姿は全く変わらない。だけど人間として生きている限り、とうごくんたちはみんな年を取っている。あの頃ハタチだった彼らは今年三十八歳になる。精神年齢は年上でも、見た目は年下だ。

 緊張しながらチャイムを押して少し待つと「はーい」という元気な声と共にドアが開いた。