ようやく会えたのだから今日は早退すると言い張るひのえさんを全力で止めた。
今日中に書類を片付けなければならないとさっき言っていたし、明日は総隊長さんのところに行く予定らしいし。仕事中に訪ねてしまったのはわたしだけれど、今はわたしより仕事を優先させてほしい。
渋々、嫌々、という感じでひのえさんはデスクに戻り、ため息まじりに書類を手にした。
わたしは部屋の隅に正座して、ただ黙ってひのえさんを見つめていた。
でもさすがに集中できないのか、数分おきに顔を上げてこちらに視線を向けるから「進んでますか?」と何度も牽制することになった。ひのえさんは切なげな笑みを浮かべて「進んでるよ」と答えたけれど、仕事は明らかに進んでいない。
七番隊の方たちが書類を取りに来たり持って来たりお茶を届けに来たり。何度も戸が開いて、その度にわたしを見てぎょっとして行った。
そりゃあそうだろう。副隊長の執務室に、天使部隊の隊士ではない私服の女が正座していて、にこやかに「お疲れ様です」と声をかけてくれば、誰でもぎょっとする。
さすがのひのえさんも、部下の方々の前では真剣な顔をしていた。しっかり副隊長の顔だた。
だけど部下の方がいなくなるや否や、また切なげな顔でこちらに視線を向ける。副隊長、仕事してください。
仕事に戻るよう促しながらも、わたしは幸せだった。
ひのえさんのそばにいて、彼の視線や呼吸や動きを感じるだけで、充分だった。
定時の鐘が鳴るまでそうやって過ごしたあと、隊舎の裏にある隊士寮に連れて行かれた。
和風の街並みに武家屋敷風の隊舎だから、てっきり隊士寮もそんな感じだろうと思っていたら、三階建ての普通のマンションだったから驚いた。
緑豊かな街並みや、隊舎の敷地内から覗く木々や垣根に溶け込むよう、外壁は薄緑色だったけれど、それでもちょっと似つかわしくないような気がした。
ひのえさんの部屋は三階。このフロアには一部屋しかないらしく、しかも元々隊長が住む部屋のため、ゆったり広々4LDK。風呂トイレ別。大容量の収納と、システムキッチン付き。元々ここに住んでいた隊長さんは、最近五人目のお子さんが生まれたため、ここより広い庭付き一戸建てを買って引っ越したらしい。
以来空き部屋になっていたけれど、ひのえさんが副隊長に就任したとき隊長さんから「空き部屋だと部屋がダメになっちまうからおまえが住め」との命を受けてこの部屋に移った。でも完全に持て余している、と。
殺風景な広いリビングでそう説明された。
確かに持て余している感が否めない。家具も家電も少なく、部屋の隅には段ボール。執務室もこんな感じだった。やっぱり就任直後だから、片付けまで手が回らないのだろう。
わたしは少し緊張していた。執務室にいたときには落ち着いていた鼓動が、また速まる。のは、きっと初めてひのえさんの部屋に来たからだ。
昔はひのえさんがわたしの部屋に来るだけだった。それは住む世界が全く違うから仕方のないことだろうけど、今は違う。住む世界も、立場も同じ。ようやくここまで来れた。
ここに来るための十八年だった。



