ワンリーが降り立った聖獣殿の中庭には、幸い人の姿はない。ロショクの聖獣殿は守護聖獣シェンウーを象徴する黒色の石造りになっている。柱や壁の角などに黒い金属で装飾が施されていた。
 ワンリーに手を引かれ、メイファンは聖獣殿の中に入る。中央にある大きな扉の前で、黒い服を着た初老の男性が待ちかまえていたように恭しく頭を下げた。ワンリーの姿が見えているこの人も麒麟なのだろう。

「これは、ワンリー王。ずいぶん早いお着きで」
「予定が狂ったのだ」
「エンジュの伝令からテンセイが大変なことになっていると聞いたんですが……」

 話を続けようとする男性をワンリーは手を挙げて遮る。

「すまぬ、ジャオダン。話はあとだ。先に加護の儀式を行う」
「かしこまりました」

 ジャオダンは頭を下げて背後の大きな扉を開いた。扉の奥から黒い影がのそのそと這いだしてくる。ロショクの守護聖獣シェンウーだ。金の鱗に覆われた太い四つ足に支えられて、丸くて堅そうな黒い甲羅が乗った亀に似ている。その体に金の蛇が巻き付いて頭の上に鎌首をもたげていた。
 ビャクレンのバイフー、シンシュのヂュチュエに比べて若干小ぶりだが、それでも見上げるほど大きい。上から見下ろす蛇がチロチロと舌を出す様がちょっと怖くて、メイファンは思わずワンリーの腕にすがった。

 ワンリーは目を細めてメイファンの頬をなでる。

「大丈夫だ。怖がらなくていい」

 メイファンは頷いて、ワンリーから少し距離を取る。目の前に並んだ守護聖獣シェンウーとジャオダンに向かって、ワンリーはメイファンの手を掲げながら告げた。

「聖獣王ワンリーの名において命ずる。ロショクの守護聖獣シェンウー及び四聖獣ジャオダンよ、この娘メイファンに加護を与えよ」

 これまでの儀式と同じように、聖獣たちから緑色の光があふれ出す。光はどんどん膨らんでメイファンのからだを包み込んだ。目を閉じて体の中に染み込んだ熱を感じる。やがて熱と光が引き、目を開くと以前と同じように元の通りに戻っていた。やはりなにか変わったような気はしない。