兵士の顔から怒りが消え、憐れむような目がワンリーとメイファンに注がれる。”最後の挨拶”というのも、メイファンの胸をざわつかせた。
 さっきまで怒っていた兵士が、ワンリーの背中を叩いてメイファンの方へ押しやる。よろめくようにしてメイファンの肩にあごを乗せたワンリーは耳元に早口で囁いた。

「必ず助ける。ヤバくなったら俺を呼べ」

 そして頬に軽く口づける。何食わぬ顔で体を起こしたワンリーは、見上げるメイファンをまっすぐ見つめて微笑んだ。

「愛している」

 一言発してワンリーは兵士の元へ戻る。そしてそのまま連れて行かれた。

 ひとり取り残されたメイファンは、ひたすら不安でしょうがない。
 立ち入り禁止の場所に立ち入ったのは確かに罪だとは思うけど、さっきのワンリーとのやり取りが最後の挨拶になってしまうような極刑が待っているということだろうか。あまりに罪が重すぎるように感じる。
 それよりも、これから自分に対してなにが行われるのかの方が不安をかき立てた。

 今すぐ逃げ出してしまいたいけど、周りにいるのは屈強な兵士たち。メイファンが全力で暴れたとしてもあっという間に取り押さえられてしまうだろう。

 メイファンが兵士たちの小さな動きにも、いちいちビクビクしていると、突然兵士たちが一斉に姿勢を正して壁際に整列した。
 入り口から上品な黒っぽい服装に身を包んだ男がひとり入ってくる。長い黒髪を肩に垂らして、背は高いが華奢な体つきは兵士には見えない。兵士たちの態度からして、身分の高い文官だろうか。整った顔立ちはワンリーとは対照的に、冷たい印象を受けた。

 先ほどの武官がメイファンを指し示して彼に告げる。

「あの娘です」
「そうか」

 黒ずくめの男はメイファンの前まで歩み寄り、そばにいた兵士に命じた。

「縄を解いてあげなさい」
「はっ、しかし……」
「かまわぬ」
「はっ!」

 兵士は命令通りにメイファンの腕を拘束した縄をほどく。自由になった両腕の手首についた痣をなでていると、目の前の男が身を屈めてメイファンの顔をのぞき込んだ。メイファンは反射的に一歩退く。

「私と一緒に来てもらおう。私はガーランと申す。帝の側仕えをしている」

 そう言ってガーランは静かに微笑みかけた。