夜の褥(しとね)で魔獣王に組み敷かれながら、陵辱の痛みから閉じた目に涙を浮かべる。それでもシィアンは声を上げない。
 ふと目が開かれ、細い両腕がゆっくりと持ち上げられた。しっとりと冷たい手のひらが魔獣王の頬をそっと包み込む。憐れむような目で見つめながら、シィアンはつぶやいた。

「あなたはかわいそうなひとね。甘え方も愛し方も知らない。素直なフンドゥンがうらやましいのでしょう? だけど……」

 そしてあの冷たい言葉を投げつけたのだ。
 愛など知るはずがない。人に嫌われ恐れられる魔獣の王だ。けれどシィアンに対する独占欲は消えることなく、フンドゥンに限らず他の誰もシィアンに触れることは許さなかった。

 ガーランが魔獣王の昔を思い出しているところへ武官がひとり現れた。

「ガーラン殿、聖獣殿に立ち入ろうとした者が捕らえられました」
「どんな奴だ?」
「若い男女のふたりです」

 おそらく聖獣王と門の娘だ。テンセイに来たら聖獣殿に向かうはずだと踏んで、捕らえたら知らせるように言っておいた。ガーランは席を立ち武官に命じる。

「男の方は牢に放り込んでおけ。女の方に用がある」
「はっ!」

 返事をして武官はすぐさま執務室を出て行った。その後を追うように少し遅れてガーランも部屋を出る。
 牢に放り込んでもワンリーは隙をついて難なく抜け出すだろう。その前に門の娘を隠さなければ。
 本当はすぐにでも魔獣の都に連れて行くべきだが、陥落間近のテンセイを放置して自分が動くわけにはいかない。かといって、他の者に娘をまかせては、あっさりワンリーに奪い返されてしまうだろう。

 それに確かめてみたいことがあった。門の娘はシィアンの魂を宿しながら、記憶はすべて失っている。それでも決して自分を受け入れることがないのか。
 幸い自分は人の体を得ている。魔獣だとバレさえしなければ、警戒も薄れるはずだ。ワンリーと引き離され不安になっている心の隙をつけば……。
 ガーランは門の娘を籠絡する策に考えを巡らせ始める。けれど次第に気分が高揚していることに気付いていなかった。