武官のおどけた口調にガーランは眉をひそめる。放心状態の太子には、今やなにもわからず、なにもする事はできないが、頬の痣をつけた者がチンロンではなくガーランであることはわかっている。これ以上余計な情報を与えるわけにはいかない。

「タオウー、滅多なことを口にするな」
「へいへい」

 ガーランがたしなめると、軽い調子で首をすくめて、タオウーは出入り口に戻った。
 ガーランは念のため太子の様子を窺う。弱々しい気の状態に乱れもなく、特に変わりはない。心はうつろなままだ。ホッと息をついたとき、寝台のそばでうずくまっていた黒頭巾の術者が口を開いた。

「チョンジー、そろそろこいつ食ってもいいか?」
「チョンジーではない。ガーランだと何度も言っているだろう」

 我が配下の同胞ながら、緊張感のない物覚えの悪さにガーランは苛つく。
 確かにチョンジーはガーランの体を乗っ取っている。だが陰の気に染まったガーランは、甘んじてそれを受け入れた。今ガーラン本人の意識は深層に沈みつつも、興味津々でチョンジーの動向を眺めている状態だ。記憶や趣味、思考も包み隠さず提供してくれる。これほど協力的で居心地のいい人の体はなかった。おまけにガーランは人社会の中枢にある。

 せっかく最高の体が手に入っても、同胞のうっかり発言でこの先百年の存亡をかけた計画が水の泡になってはたまらない。そんなことは一向に意に介していない術師は再び問うた。

「なぁ、食っていいか?」
「食うな。おまえは食うことしか考えてないのか、タオティエ」
「食うこと以外になにかあるのか?」