ワンリーの言葉に従ってメイファンは急いで湯から上がる。そしてワンリーの後ろに身を隠した。おそるおそる陰から覗いてみれば、目だと思われるふたつの赤い光は、まっすぐにこちらを見ているように見える。反射的に身震いして、もう一度身を隠す。

 ワンリーは丸腰でどうするつもりなのだろう。麒麟の姿に戻って戦うのだろうか。それはものすごく目立つだろうし、宿にも迷惑がかかってしまう。逃げるのが上策のように思い、メイファンは声をかけた。

「ワンリー様、早く逃げましょう」
「逃げれば追ってくる。宿に迷惑がかかるぞ」
「ここで戦っても迷惑がかかります」
「案ずるな。雑魚など一撃で事足りる。格の違いを見せてやろう。もう少し下がっていろ」

 そう言って振り向いたワンリーは、不敵の笑みを浮かべて一歩も引く気はないようだ。メイファンはそれ以上なにも言わず、言われた通りに少し後ずさりをする。

 メイファンに頷いて魔獣に向き直ったワンリーは、右手を広げて天に突き上げた。

「雷聖剣!」

 ワンリーの声に呼応して、手の中には刀身に雷(いかづち)をまとった金色の剣が現れる。そしてその切っ先を魔獣に向けた。

「退け。おまえごときに勝ち目はないぞ」

 魔獣は臆することなく、ゆっくりと木陰の闇から出てきた。黒光りする長い毛に覆われた大きな犬のようで、長いしっぽを口にくわえている。爪のない太い足はヒグマのようだった。
 ワンリーには目もくれず、メイファンの方に注意を向けている。まるでワンリーの姿が見えず、声も聞こえていないかのように。

 魔獣が一歩踏み出す。次の瞬間、その鼻先をワンリーの剣が素早くかすめた。さすがに魔獣も気づいたようで、あわてて身を退く。

「シィアン……」

 一言つぶやいて魔獣は煙のように姿を消した。それを見届けてワンリーはフンと鼻を鳴らす。握った剣は忽然と姿を消した。