夜は魔獣の活動が活発になるとエンジュが言っていた。ワンリーも過剰なほど心配していたが、そんなものとは無縁の世界にいるような気分になる。
 じわじわと体の芯から温まって、眠くなりかけたとき、入り口の方で音がした。

 メイファンが振り向くと、金茶色の子犬がふさふさとしたしっぽを振りながら、カポカポと足音を響かせてこちらに駆け寄ってくる。足音がカポカポいってる時点で子犬ではない。足には蹄がついていた。
 子犬はつぶらな瞳でメイファンを見つめながら、嬉しそうにしっぽを振る。

「わん」

 メイファンはズブズブと湯船に首までつかって、目の前の子犬を冷ややかに見つめ返した。

「”わん”じゃありません。あれほどお願いしたのに、どうしていらしたんですか、ワンリー様」
「よく俺だとわかったな」
「わかりますよ。蹄のある子犬なんて怪しすぎます」
「おっと。うっかりしてた」

 言ったと同時に子犬の四つ足の先は、蹄から毛に覆われた丸い足に変わる。全く悪びれた様子のないワンリーにあきれて、怒る気力も失せたメイファンはため息と共に入り口を指さした。

「とにかく、人が来る前に出て行ってください」
「案ずるな。おまえが入った後、入り口に結界を張っておいた。おまえが出るまで誰も入ってこられない」
「え……」

 入ったとき誰もいなかったのは偶然としても、後から誰も来なかったのはそのせいだったのか。

「幸い他に誰もいないようだから、あわてて出なくてもゆっくりしていけ。俺が見張っているから」
「いえ、もう十分ゆっくりしたので、そろそろ出ようと思っていたところですから。外でお待ちください」
「そうか?」

 子犬のワンリーが不満げな表情で首を傾げる。その愛らしい姿に、うっかりほだされそうになったとき、背後で木の茂みがガサリと大きな音を立てた。
 咄嗟に振り向いた視線の先には、茂みの中に浮かぶふたつの大きな赤い光。獣のような低い唸り声も聞こえる。魔獣!?

「でたな。メイファン、湯から上がって俺の後ろへ」

 その声に向き直ると、ワンリーが人の姿に戻っていた。