宮廷の門は少し先にある。そちらへ向かって少し歩を早めたとき、石畳の通りにうずくまってすすり泣く人影が霧の中から浮かび上がってきた。
「シェンリュ……」
「あの侍女か?」
「はい」
メイファンが頷くと、ワンリーはメイファンから手を離し結界の中に閉じこめた。
「おまえはそこにいろ。俺が話してくる」
そう言ってシェンリュの方に向かっていく。ワンリーが後ろから声をかけた。
「どうした。何を泣いている」
シェンリュはうつむいたまま、か細い声で答える。
「……私のすべてだと思える大切な人に見捨てられてしまいました」
両手で顔を覆い、再び泣き始めたシェンリュの体から黒い靄が滲み出し始めた。ガーランに見捨てられた絶望から陰の気が増幅しているのだろう。
シェンリュはおもむろに振り返り、ワンリーの足にすがりつく。そして泣き腫らした目でワンリーを見上げた。
「どうか、私を殺してください。もう私には行くところも生きていく気力もありません。自分で死ぬ勇気もないんです」
ワンリーは黙って一歩後退し、右手を天に突き上げる。ワンリーが手にした雷聖剣を見上げて、シェンリュは胸の上に両手を重ねて目を閉じた。
ワンリーは呼び寄せた雷聖剣をシェンリュに向かって振り下ろす。
剣から放たれた虹色の雷(いかずち)は、シェンリュの体を包みこみ、滲み出していた黒い靄は四方に弾け飛び消えていった。
少しして目を開いたシェンリュに、ワンリーは微笑みながら問いかける。
「まだ死にたいか?」
呆然と見上げながら、シェンリュはゆっくりと首を振った。
「あなたはいったい……」
剣に斬られたはずなのに、傷ひとつ負っていないことを不思議に思ったのだろう。ワンリーは平然と答える。
「聖獣王だ」
「え……」
目を見開いて言葉をなくしたシェンリュに、ワンリーは自分がやってきた道の先を指し示した。
「この先におまえの大切な人がいる。あいつも全てを失ったはずだ。それでもおまえがまだあいつを大切だと思うならそばにいてやるがいい」
シェンリュは立ち上がり、ワンリーに深々と頭を下げる。
「ありがとうございます」
そう言ってワンリーの指さした方へ走っていった。その後ろ姿に迷いはない。魔獣王の器ではない、本当のガーランと幸せになれることを、メイファンは祈った。