ワンリーの後ろで、魔獣王が消えようとしていた。炎のような橙色の髪を風になびかせて、赤い瞳を細めている。
 初めて見るガーランではない人の姿をした魔獣王は、メイファンを見つめながら懐かしむように微笑んでいた。とても魔獣王とは思えない優しい眼差し。それは宮廷にある池の畔で昔話をしてくれたガーランと同じ表情だった。

 シィアンを思い出しているのだろうか。
 あの時のガーランはやはり演技ではなかったのだろう。
 程なく魔獣王の姿は黒い靄へと変わり消えていった。

「立てるか?」

 ワンリーの声にハッとして、メイファンは我に返る。心配そうにのぞき込むワンリーに笑顔を向けた。

「はい。大丈夫です」
「よかった」

 ホッとしたように微笑み返して、ワンリーはメイファンを思い切り抱きしめる。メイファンも抱きしめ返した。少ししてワンリーはメイファンの手を取り立ち上がった。

「チョンジーがいなくなって幾分陰の気が薄らいだが、聖獣殿を封鎖されたままでは正常には戻らないだろう。術者を探すぞ」
「もう魔獣はいなくなったんですか?」
「いや。門は開いたままだからな。俺から離れるな」
「はい」

 姿を消してワンリーに手を引かれながら聖獣殿に沿って霧の中を歩き始める。
 ワンリーの話によると術者は誰だかわからない上に、本人も自覚がないという。メイファンが知っている限りでは、ガーランは宮廷の外に出ることはなかった。だから宮廷内に出入りしている誰かだとは思う。

 姿を消しているとはいえ、また宮廷内をうろつくのだろうか。しかもガーランに接触のある人物となると、結構位の高い人たちが多いはず。そう思うとなんだか落ち着かない。
 ワンリーは見当をつけているのだろうか。そう思って尋ねると、ワンリーはニッと笑った。

「おまえの命を狙った侍女が怪しいと思っている」
「シェンリュが?」
「話を聞く限りでは、かなり陰の気に毒されている。人心を惑わすのが得意なチョンジーだ。恋心につけ込まれた可能性が高い」
「言われてみれば、ヤキモチにしてはちょっと極端な気がします」
「そろそろ宮廷に戻っている頃だろう」