聖獣殿の脇を少し走ってシェンリュはようやく立ち止まった。自分のしたことが恐ろしくて体が震える。
 あの時、真っ黒な感情に支配されて頭が働いていなかった。魔獣が飛び出してこなければ、自分はメイファンを刺していたかもしれない。誰かの落とし物だと思って拾ったきれいな剣で。

 確かにガーランに想われているメイファンをうらやましく思っていた。けれど殺したいとは思っていなかったはずだ。そう思っていただけで、本当は殺したかったのかと思うと自分が恐ろしくたまらない。

 シェンリュは市井で物乞いをしているところをガーランに拾われ、侍女として宮廷に上がった。身寄りも学もないシェンリュに、居場所と知識を与えてくれたガーランには感謝している。
 感謝はいつしか恋心へと変わっていた。たとえガーランが誰を想っていようともかまわない。最近は時々抱いてくれることも戯れであっても嬉しい。そう思っていたはずなのに。

 シェンリュは震える体を抱きしめて立ち尽くす。そこへ怒気を孕んだ低い声が響いた。

「シェンリュ、誰がメイファンを殺せと命じた」

 弾かれたように顔を上げると、霧の中からガーランが冷たい表情で睨んでいる。
 ガーランに見られていた! その事実にシェンリュの頭は真っ白になる。焦って駆け寄り、取り縋った。

「ガーラン様、あれは私の意志ではありません! 信じて頂けないでしょうが……」
「離せ。言い訳はいい」

 言葉を遮り、ガーランはシェンリュの手をふりほどく。

「おまえはもっと使える奴だと思っていたが、これまでのようだ」
「なにを……」
「宮廷から去れ。壊れた人形に用はない」

 冷たく言い放ちガーランはシェンリュに背を向ける。霧の中に消えていくガーランの背中を見送りながら、シェンリュはその場に泣き崩れた。

「ガーラン様ぁ……」

 宮廷を追われては身寄りのないシェンリュに行く当てなどない。なによりガーランに見捨てられたことが、シェンリュを絶望の淵にたたき落とした。