S温泉は、G県にある温泉街で、川に沿って長さ約2キロメートルの温泉集落で、古くからの湯治場として有名だ。昔、一度か二度温泉に入りに来たことがある。全然覚えてないけれど。
JRの最寄りの駅を降りると、閑散とした駅のターミナルが見えた。
時間通りにロータリーで待つ。
都会の駅と違って、車がまったくいないから、余裕で駅の前に車を止められるかな。
どこで待っていればいいかなと思って、きょろきょろする。
そとのベンチで、しばらく待っていると、
「亜湖!!」と大声で呼ばれた。
そんな大きな声で呼ばなくても、聞こえるってば。
「どうしたの?それ」
てっきり、旅館の車で迎えに来ると思ったら、長井は、普通の乗用車で乗り付けてきた。
「どうしたの?それ」
「うん、レンタカー借りるっていいたのに、そんなもの面倒だから、これ使えって自宅の車を貸してくれたんだ」
「どういうこと?」
「まあ、説明は後でするから、とりあえず、乗って」
「うん」
「亜湖の実家ってこの近くだっけ?」
「近くはないけど、同じ県だよ」覚えててくれたんだ。
「実家寄ってく?」
「帰りにする。こっちに来ることは、誰にも言ってないから」
「そっか」


