「あれ?亜湖、何やってるの?」
私は、美香ちゃんを自分の椅子に座らせて、ご老体がよっこいしょっと立ち上がるのを待っていた。
「ちょっと、営業の入力で分からない事があって長井に聞きに来たんだけど、作業に集中して、気づいてくれないから、私でもわかるかなと思って」
「フリーズしてるの?それ」
長井が、私のパソコンを見ていう。失礼な。これでもがんばってるのに。
「長井ちょっと、そんな失礼なこと言うと機嫌損ねて止まっちゃうんだから!」
彼が、何言ってるの亜湖、と顔をくちゃっとさせて笑った。
美香ちゃん、目がハートになってる。
「いいよ、俺の使って。君、こっちにおいで」長井が手招きしたので、美香ちゃんは、私へのお礼も忘れて長井のもとに行った。
彼は、美香ちゃんを椅子に座らせて、さっきとは別人のような営業スマイルを浮かべてる。
「はぁい!すみません」美香ちゃんのさっきより上ずった声にも負けずに、爽やかに対応してる。
美香ちゃんが、
「ここが分からないんですう」と首をかしげて、長井の顔を見上げてる。
「ああ……ちょっと待って。それ借りていい?」長井は、美香ちゃんの上から画面をのぞき込み、私にしたのと同じように、マウスの上から彼女の手を握った。
「あっ…長井さん手が……」
美香ちゃんが、真っ赤になってうつむいてる。
「ごめん。これだね。これ入力しておけばいいと思うよ」
「長井さん、ありがとうございました」
美香ちゃんが、これ以上ないというくらい、深く頭を下げた。
「君、営業の子?」
「はい。橋本といいます」
「この程度なら、俺に聞きに来なくても、わかる人、下にたくさんいるだろう?」
「すみません……気を付けます」
怒られたのに、美香ちゃんは嬉しそうに何度もお辞儀をして出て行った。
いつもならここで、一言いうところだけど、彼の方も、私の顔を見ることなく、出来上がった書類を印刷して、何事もなかったようにフロアを出て行った。
別に私にだけ、特別なことしたわけじゃないか。


