目を開ける。

「…!」

目の前に、手が届く位置に

「やあ、志乃」

ニッコリと笑う孝雄が居た。

「…う…わあああっ!」

抱きついた孝雄からは懐かしい匂いがする。晴れた日に布団を干したような太陽の香り。触れた肌は冷たい。けれど、気にならない。目が霞む。駄目、流してはいけない。

「…俺のために泣いてよ」

私の髪をときながら孝雄はぽつりと言った。

「だって、私が孝雄を死なせた!だから…だから、悲しんじゃ、涙流しちゃ駄目なの」
「馬鹿だなあ、志乃。俺が死んだのは俺の運命だっただけさ」
「でもあの日、私が遅刻なんかしなければ…孝雄は生きてたのよ!?」
「志乃が遅刻してきて、トラックが突っ込んで死んだのは全部俺の運命。まるきり、俺のせい。だから、ごめんな。苦しませて」

そっと触れる頬。
嗚呼、その仕草さえ変わらない。

「それに俺は志乃を助けることが出来て良かったと思ってる。だから、お願いだからもう苦しむのはやめてくれ」
「…でも…私が…」

孝雄を見上げると、困ったような戸惑うような表情をしていた。それは小さな頃、私が孝雄を困らせてどうしようもない時に浮かべる表情で、孝雄はそうやってただ黙っていた。

「…孝雄…。わかった、孝雄がそう言うならたくさん泣くから」

穏やかな声は懇願のように聞こえたから、
その表情は本当に孝雄を困らせているって分かるから
だから、私は頷いた。

「…っ…」

ぽた…と冷たいモノが頬を伝う。河の堰が崩れるように、私は孝雄の胸の中で声を上げることもなく泣き始めた。