ーー時間は少し遡る。
要が家を飛び出し、明音は急ぎ跡を追った
床に膝を付き踞り残された律
「……何があったんだ…要が僕に言えない事?…一体何だ?……解らない」
自問自答を繰り返している、その姿を静かに何も言わず見ていた千尋、窓の外へ視線を移す。
「曇ってきてる…雨が降りそうね?」
千尋の問いも耳に入っていないのか律はまだ踞ったまま自問自答…
「律?聞いてる?」
やはり返事は無く、律は右手の親指を浅く噛みながら独り言をブツブツと呟く
「こんなの初めてだ…思い出せっ…何か…きっと何かを見落としたんだ…要が言えない事……」
千尋は律の背後に立つ、肩へ触れようと手を伸ばすが律の背中が小刻みに震えているのが解り、伸ばした手を軽く握り自分の胸の前に戻すと振り返りソファーの右端へ座り瞳を閉じて息を吸い込み開眼と共に大きく言い放つ
「立ちなさいっ!律!」
律は思わずビクッと肩が動き
「はっ…ハイっ!」
咄嗟に行儀よく返事をし、姿勢よく素早く立ち上がる…律が驚くのも無理は無い、普段は冷静で温厚な千尋が大声で自分へ命令するなどそうある事ではない、律が恐々と振り返ると千尋が左手でソファーをポンポンと叩きながら言う
「こっちに来て座りなさい」
言われた通りに律は座る。見慣れた風景…だがどこか寂しい…いつも隣にいる要と明音がいない…そして、雨音が聞こえる。
「少しは落ち着いた?」
千尋の問いに戸惑いながらも律は答える。
「うん……少しは……あっ!雨が降ってきたんだった…二人を追いかけないとっ!」
もう一度立ち上がろうとするが脚に力が入らない
「要なら大丈夫よ…きっと明音が追い付いてるから、今はあなたの方が心配よ…」
千尋はまた瞳を閉じながら言う、その隣で律も瞳を閉じ眉間に指先をあてた
「ごめんね…千尋」
千尋へ向けて律からの謝罪
「…どうして私に謝るの?」
もう冷静を取り戻した様子の律
「要の事がすごく心配なのは変わらない…けど今、一番苦しいのは要じゃないし…僕でもない…千尋だと思うから…ごめん」
驚きながらも少し嬉しそうな表情を千尋は浮かべている。
「律、あなたは本当に強い人ね…」
律は顔を横に振りながら言う。
「いやいや、さっきまで床に膝付いてた男に言う言葉じゃないよ…そんな僕に一喝してくれた千尋には敵わないよ。僕は弱い人間だよ」
微笑し否定する律
「私には敵わない?それはおかしいわね。私は律から強さを分けて貰ってるだけよ?」
まったく理解できない律へ千尋の一言
「手を出して」
それに答える様に律は右手を差し出す。
「えっと…こう?」
その手に千尋は両手で優しく包む様に触る…
「この手が私に勇気をくれたの…」
ますます理解ができない律だが、千尋はとても安らいだ顔で語りだした。
「覚えてるかしら?小さい頃にこの家から遠い公園で4人で遊んでた時に、今はもう無くなっちゃったけど裏山があったの…途中で要と明音がそこに入って探しに行ったけど私たちの方が迷子になった時、日も暮れてどっち行っていいかも分からずに不安で私は恐くなって泣いて動けなくなったわ…その時に私の手を取って自分も恐くて泣き出したいはずなのに律、あなたはずっと“大丈夫だよ”って声を掛けながらギュっと強く手を握ってくれた、藪の枝で擦り傷だらけなのに私が不安にならない様に涙目でも無理矢理に笑顔を作ってた…あの時の繋いだ手から勇気を貰ったわ…あなたは強い人よ」