先生。あなたはバカですか?


その声に顔を上げれば、アーモンドみたいな形のいい大きな目が俺を捉えていた。


しまったと思い、俺は慌てて涙を拭う。


『……何か?』


『あ…ああ、ちょっと花壇の整備頼まれてな』


『そうですか』と言って、さほど興味もなさそうに、彼女は自分のカバンと参考書を拾い上げる。


……よかった。


泣いてた事は気付かれてないみたいだ。


つか俺、何泣いてんだ。


いい大人がありえねぇだろ。



そんな風に心の葛藤をしている俺の横を彼女は何事もなかったかのように『さようなら』と言って通り過ぎて行く。


その時、チラッと参考書に書かれた名前が見えて、俺はあっと息を飲んだ。



––––––生田翠



……え?


あいつが、拓人の言ってた……?




彼女の小さな背中を見送りながら、俺の中でじわじわとある思いが浮かんだ。



あいつもいつか、俺みたいな後悔をするのか?


彼女はまだこれから沢山の経験が出来て、きっとそれが彼女を豊かにしてくれる。


沢山の可能性が彼女にはあるのに、母親のためにそれら全部を犠牲にしていくんだろう。



俺が…そうだったみたいに。



だけどもしかしたら、まだ間に合うんじゃないか?


だってあいつはこの萎れた花を、忘れないと言って撫でていた。