先生。あなたはバカですか?


……逃げているのは…分かってる。


だけど、今の私には、私の前から消えた先生に自らぶつかっていく勇気なんて到底ないんだ。


花織ちゃんは、黙って俯いたままの私の両手をそっと取り、それを自分の両手で包み込む。


よほど私の手は冷たくなっていたんだろうか。


花織ちゃんの手が熱いくらいに感じる。


「翠ちゃん…。翠ちゃんの中にはきっと沢山の思いがあるんだよね?…岩田先生の事、怒ってる?」


怒ってる?


…そうか。私、怒ってるのか…。


私を置いて、いなくなってしまった先生を酷く勝手だと思ってる。


私の事を散々振り回し、私のいた世界まで壊しておいて、ひとりぼっちにするなんてって思ってる。


なんで?どうして?って問い詰めたい事が山ほどあって。


嘘つきって、そう言ってやりたい気持ちもあって…。



「その思いすらも一生伝えることが出来なくなっちゃうんだよ?」


ドクッと心臓が跳ねる。


まるで、それに気付いたかのように花織ちゃんの手に力が籠る。


花織ちゃんの真っ直ぐな瞳が、私の心に直接語りかけてくるようで、私は慌ててそれから目を逸らした。



「……もう、ほっといて」



そう言って花織ちゃんの手を払うと、私は足早に教室を後にした。