あんな人の為に貴重な脳細胞を減らしてしまうなんて勿体無いわ!



大体、私は何をこんなに動揺しているのだろう。


たかが抱き締められたってだけの話じゃない。



そう!抱き締めらただけ!


………だけ……




「っ……初めてだったんだからっ……」



あんな風に、男の人に抱き締められるなんて……。






––––ガチャガチャ…バタン



玄関を開閉する音にビクッと肩が上がる。


時計を確認すれば、デジタル時計が22時3分を表示していた。




私は、開いていたノートを閉じ、直ぐさま部屋を出て早足で一階へと向かう。



もうとっくに玄関には誰も居なくて、明かりのついたリビングへと足を進めると、


そこには、ソファーの背もたれにもたれかかり、溜息を零しながら目頭をマッサージしているお母さんの姿…。


「お帰り。今日は遅かったね」


「……」


「外まだ暑かったでしょ?今、お茶入れるね」



そう言ってキッチンに向かおうとすると…



「いらないわ。 それよりあなた、勉強はどうしたの?」



眉間に皺を携えたお母さんが、私を冷たい瞳で見ていた。