下手な嘘なんて吐かなければ良かった、と。今更後悔してももう遅い。

 仕事中、彼女から「今日は佐原さんの部屋に行けません」というメールが、四日連続で届いた。二日目からは「今日も」になった。
 寂しさを感じて、仕事帰りに彼女のアパートの下へと行ってみたりもしたけど、部屋に灯りはなし。車もないから、日付はとっくに変わっているというのにまだ帰っていないのだろう。

 合鍵をもらっているし、部屋で彼女の帰宅を待とうか考えたりもしたけれど、吉野くんと会っているらしい彼女が、もし吉野くんと一緒に帰宅したら。部屋にいる俺を見て彼女が困った顔をしたら。

 そう思うと、部屋で待つことなんてできなかった。

 俺のせいで不倫疑惑をかけられ、彼女を傷付けてしまったことを思うと、もうあんな顔は二度とさせたくない。あの頃、明るくて優しかった彼女の笑顔を奪ったのは紛れもなく俺だ。
 だから今は大事にしたい。ずっと笑顔でいてほしい。

 でも、彼女が俺より吉野くんを好きになっていたら……。俺は素直に身を引くことができるのだろうか。


 五日目の夜、ようやく彼女が部屋に遊びに来た。
 彼女の顔は晴れやかで「ひき肉買ってきたんです。ハンバーグと肉団子と餃子、どれがいいですか?」と言って、エコバッグを見せた。

 俺はハンバーグをチョイスして、彼女の隣で付け合わせの人参の皮を剥く。

 でもすぐに彼女の携帯が鳴って、玉ねぎのみじん切りをしていた彼女は慌ててそれを取りに行く。
 そして「はいはーい」と返事をしながらベランダに出たから、相手はきっと吉野くんなんだろう。

 電話は一分ほどで終わり、戻って来た彼女の顔はさらに晴れやかになっていた。

 そして……。

「佐原さん、明日からまたしばらく来れないと思うので、多めに作っておきますね。冷凍しておくので、食べるときに焼いてくださいね」

 その宣告にやたらショックを受けて、俺は返事もできないまま、持っていた人参とピーラーを置いた。

「佐原さん?」

 それを見た彼女が、不思議そうに、心配そうに、少し困ったように首を傾げる。

「どうしました?」

 どうしたもこうしたも。吉野くんだ。一体どういう関係なんだ。一体何の用で、こうも頻繁に彼女と連絡を取り合っているんだ。それは俺に言えない内容なのか? 気になる。けど、聞けない。

「……どうもしないよ」

 だから二度目の嘘をついた。

「嘘、ですよね」

 嘘は、一瞬でバレた。

 彼女はふうっと息を吐いて、俺の服の裾をくいと引っ張り、リビングへ促す。どうやら今は料理より、俺と話すことを優先させたらしい。