事件は五時間目が終わった時に起こった。
一番最初に教室に戻って来た、あの派手なグループの女の子たちが騒ぎ出した。
どうやら矢田さんの机の上に置いてあったアイシャドーが、昼休みに見せ合っていたものと同じものだったらしい。
自分たちの化粧ポーチを確認してみるとそのアイシャドーはなく、矢田さんが盗ったのだと騒ぎ立てていた。
矢田さんは昼休みと同じようにはっきりした声で「盗ってない」と言ったけれど、興奮した彼女たちは聞く耳を持たなかった。
物凄く高い限定品だから弁償しろだとか、泥棒を警察に突き出すだとか、進学も就職も出来ないようにしてやるだとか。金切り声を上げて矢田さんを責め立て、クラスメイトたちも気まずそうにそれを見つめていた。
矢田さんは盗っていないと思った。
なぜならトイレから教室、教室から視聴覚室、視聴覚室から教室まで、わたしは矢田さんのすぐ後ろを歩いていたのだから。
盗る暇なんて絶対になかった。
だけどわたしはそれを言い出せないまま、ただひたすら黙って、クラスメイトたちの揉め事を見つめていた。
言うべきだ。でも、この状況で口を開く勇気はない。
吉野くんと崎田さんを勧誘することすらできないわたしが、揉め事を治められるわけがない。
言うべきだ。矢田さんのために。でも、今まで一度も話したことのないクラスメイトのために、なけなしの勇気を絞り出せるだろうか。
……そんなの、無理だ。わたしにはできない。わたしじゃあ、何かを変えることなんてできない。矢田さんのことも、手芸部のことも。
「矢田さんは盗ってないと思う」
金切り声の隙間を縫ってそんな声が聞こえ、瞬間、教室がしいんと静まり返った。
驚いて顔を上げると、その声の主が崎田さんであると分かった。
崎田さんは教室の出入り口付近に立ったまま、何の疑いもない真っ直ぐな目で彼女たちを見つめている。
静まり返った教室で次に聞こえたのは「矢田はそういうことしない」という吉野くんの声。まさかあの無口な吉野くんまで矢田さんをかばうなんて。しかも「矢田さんは盗っていない」とはっきり言えるくらい仲が良いなんて。
吉野くんと崎田さんの発言に、彼女たちの怒りの矛先はふたりに向いて、さっきよりも甲高い声で騒ぎ立てた。
それでもふたりは動揺する素振りを見せない。
崎田さんは穏やかな顔で、吉野くんは相変わらずの無表情で、そこにいた。
「誰が矢田さんの机の上に置いたか探すから。そしたら納得してね」
崎田さんの言葉とほぼ同時に授業開始のチャイムが鳴って、怒りが治まらない彼女たちは吉野くんや崎田さんの悪口を言いながら席についた。
それでもふたりは、特に気にしていないようだった。
代わりにわたしがひどく動揺して、その動揺は放課後になっても治まらなかった。
その日の放課後は、吉野くんも崎田さんも部室に来なかった。



