夕飯をごちそうになったあと、お兄ちゃんの車で家まで送ってもらうことにした。そのせいでお兄ちゃんはビールを我慢することになったけれど、わたしが送って行きますから柊さん飲んでいいですよ、という桐さんの申し出を断っていたから、飲まなくても平気らしい。
「桐さんと仲良くなったから、桐さんに送ってもらっても良かったのに」
車内でそう切り出すと、お兄ちゃんはハンドルを握ったまま首を横に振った。
「あいつに実家の場所を教えるときは、ちゃんと教えたい」
ああ、つまり両親に紹介するときか。
「結婚、考えてるんだ」
「まあ、ゆくゆくはな」
「お兄ちゃんにしては良い人見つけたね」
「まあな」
見慣れた無表情の横顔。だけどその「まあな」はなんだか誇らしげに聞こえた。
「お兄ちゃん、わたし、部屋片付けようと思う」
「うん」
「料理も覚えて、いつかお兄ちゃんと桐さんに食べてもらう」
「うん」
「春樹の結婚式、楽しみだね」
「うん」
「お兄ちゃん、余興で弾き語りしなよ」
「それは嫌だ」
今日は長い一日だった。春樹との言い争いから始まって、遼太さんと話して失恋して、お兄ちゃんの部屋で桐さんと出会って……。色々あった日なのに不思議と疲れはなく、むしろ胸が高鳴って仕方なかった。
早く家に帰りたいと思ったのは初めてだった。早く家に帰って部屋を片付けたい。自分で言うのもなんだけど、あのわたしが部屋を片付けたいと思うなんて。それだけでも劇的な変化だ。
こうやって少しずつ変わっていこう。料理も掃除もできるようになって、次に好きになった人には、ちゃんと好きになってもらえる女になろう。
気持ちを抑えきれずに前のめりになると、お兄ちゃんはふっと笑ってわたしの頭をわしゃわしゃ撫でた。