恋は人を変えるという(短編集)




「桐さんはお兄ちゃんのどこを好きになったんですか?」

「うーん、雰囲気かな」

「雰囲気?」

「あの人が醸し出す雰囲気が凄く心地良くて、わたしにはちょうど良かったんだ」

「桐さんも、顔で選ばない人なんですね」

「柊さんのことは顔で好きになったわけじゃないけど、今では顔も好きだよ。あの眠そうな奥二重とか可愛いと思うし」

 そう言われてから、数ヶ月会っていないお兄ちゃんの顔を思い浮かべる。あの無表情のお兄ちゃんが可愛い? 可愛い?

「可愛くない……。惚気ですね」

「惚気させたの小雪ちゃんでしょー!」

 桐さんが笑いながらわたしの肩をたたいて、わたしもつられて笑った。大号泣を見られたせいか、化粧を落としたせいか、それとも桐さんの人柄なのか。気を使うことなくできる会話が心地良い。多分桐さんがお兄ちゃんに感じた気持ちはこういうことなのだろう。わたしもいつか、そう思える男の人に出会えるだろうか。

「でもだからと言って一目惚れしないってわけじゃないよ。第一印象は人付き合いのスタートとして大事だと思うし」

 人付き合いのスタート、か。今までわたしは、スタートしたらすぐにゴールしたがっていたから失敗したのかなと思った。相手も自分も見た目だけが全てで、他のことを疎かにしまくった結果がこれだ。

「実は、失恋したからここに来たんです。お兄ちゃんに励ましてもらいたくて」

「うん……」

「でも桐さんと話せてよかった。勇気が湧いてきました」

 言うと桐さんは「次いこ次」と優しく微笑んだ。

「あ……」

「え?」

「やっぱり桐さんとお兄ちゃんって、お似合いなのかも」

「そうなの?」

「お兄ちゃんと同じこと言いました」

「え、そうなの?」

 こてんと首を傾げる仕草といい、台詞といい。お兄ちゃんの影響を受けまくっている桐さんが、いつか無口で無表情になったらどうしよう。想像してみたらやたらと可笑しくなってふき出した。

「ちょっとー、何考えて笑ったのー?」

「秘密ですよ、秘密」

「小雪ちゃんのいじわるー」

 わたしの腕を掴んでゆらゆら揺さぶる桐さんとふたりで笑っていたら、このタイミングで帰って来たお兄ちゃんは、無表情のままこてんと首を傾げた。