少しでも早く励ましてほしくて、駅からアパートまで走った。その勢いのままピンポンを連打したけど、すぐに開いたドアの向こうに立っていたのは、お兄ちゃんではなかった。男ですらなかった。エプロンをつけた、化粧の薄い、色白の女性。
「もしかして、妹さん?」
その言葉を聞いた瞬間、ずっと堪えていた涙が突然ぶわっと溢れ出してしまった。うわーんという情けない声で、涙も鼻水も垂れ流した、恰好悪い泣き方だった。初対面でこんな姿を見たというのに、女の人はわたしの肩をぽんぽん叩いて「どうぞ入って」とわたしを部屋に促した。
女の人は鈴村桐と名乗った。春樹が言っていた、半同棲中のお兄ちゃんの彼女だ。桐さんはボックスティッシュと濡れたおしぼり、温かいココアを持って来てくれた。
「お兄さんに会いに来たのにごめんね。柊さんもうすぐ帰って来ると思うし、そしたら出て行くから。良かったら夕飯食べて行ってね」
桐さんはそう言ってくれたけど、半同棲中なのに出て行かせてしまっていいのだろうか。そもそも半同棲の半ってなんだろう。
「あの、大丈夫です。いてください……」
悲惨なくらいの鼻声でそう言うと、桐さんは「ありがとう」と笑った。
温かくて甘いココアを飲んだらようやく落ち着いて、部屋の中を見回すくらいの余裕はできた。
わたしと同じで部屋の片付けが下手なお兄ちゃんにしては整理整頓ができている。きっと桐さんがやってくれたのだろう。突然訪ねて来たわたしにも嫌な顔ひとつせず迎え入れて、美味しいココアやおしぼりまで用意してくれたし。
お兄ちゃんめ、いつの間にこんなしっかりした人をつかまえたんだ。
おしぼりで熱を持ったまぶたを冷やすとさらに落ち着いたけど、まずい、ファンデーションとアイシャドーが落ちてしまった。そもそも大号泣してしまっているから、アイメイクはとっくに崩れてしまっていただろうけど。
それに気付いた桐さんが「良かったらクレンジングオイル使う?」と声をかけてくれた。もう何年も家族以外にスッピンを見せていないし、他人には見せたくないけれど、あの大号泣の後じゃあどれだけ取り繕っても無駄だろうと、素直に借りることにした。
クレンジングオイルと洗顔フォーム、化粧水と乳液まで借りて、さっぱりしてリビングに戻った。わたしが使っているのとは違うスキンケア用品だったけれど、なぜだか肌の調子はいつもより良い気がした。



