ここまで質問攻めにしてみて気がついた。遼太さんとじゃあわたしの理想は叶わないし、わたしとじゃあ遼太さんの理想は叶わない。二度と会えないかもしれないというその人にわたしが勝つためには、今この瞬間から料理も掃除も洗濯も必至になって覚えて、週に何度も行っていたショッピングをやめ、物を大事にしているとアピールしなくては。そしてインドア派だという遼太さんを外に連れ出す術を考える。
そんなこと本当にできるのだろうか。そしてそれはお互いにとって良いことなのだろうか。
春樹の言う通りだった。どれだけ見た目が好きでも、性格や趣味が合わなきゃ意味がない。それでも付き合いたいというのなら、どちらかが妥協するしかない。この場合、妥協して自分を変えていくのは、好きになったわたし。頑張って変わったとしても何年かかるか。そのときにまだ遼太さんがフリーでいるかどうかも分からない。彼女ができているとしたら、せめて今気になっている相手と結ばれてほしい。それならわたしも報われる。
「あの、遼太さん」
身体の芯が冷え、今にも泣き出してしまいそうなのをぐっと堪えて顔を上げた。
「ありました、わたしにできるアドバイス」
「え?」
「遼太さんがもし本気でその人と会いたいって思うなら待てばいいんです」
「待つって……」
「その人、この駅使ってるんですか?」
「ああ、うん、多分」
「じゃあ出て来るまでじっと待つんですよ」
「このご時世にそんなストーカーみたいなことして大丈夫かな」
「脈がないなら通報されますが、遼太さんの気持ちをちゃんと伝えなきゃ何も始まりませんよ」
二十五年間失敗続きのわたしが、偉そうに言えることではない。それでも遼太さんは優しく笑って、ありがとう、と言ってくれたのだった。やっぱりわたしが見たことのない表情だった。
一杯だけ飲んだあと「明日早いので」と嘘をついて、逃げるように店を出た。
先月以来一度店に来ただけというその人が、もし今日二度目の来店をしたら。鉢合わせて、幸せそうな遼太さんの表情を見ることになったら。そう思うと落ち着かなかった。
店を出ると目頭がじいんと熱くなって、家に帰って一人ぼっちで泣きたくなくって、電車に飛び乗った。向かったのは二駅先にあるお兄ちゃんのアパート。
こんな時にすがる相手なんてお兄ちゃんしか思い浮かばなかった。メールも電話も無視するひどい人だけど、失恋したあとはいつもわたしの背中をたたいて「次いくぞ次」と励ましてくれた。その言葉が欲しいだけで、お兄ちゃんの都合なんて全く考えていなかった。



