その日の夜。光里が久しぶりに高校の同級生と再会して笑っているのと同じ頃、オレも久しぶりに部屋の広さを感じていた。
 そんなに広くない1LDK。顔を上げればいつもそこに光里がいて、手を伸ばせばすぐ触れることができたというのに。
「こんなに広かったっけ……」なんて虚しさに拍車をかけるひとり言を呟いて、ため息。

 仕方がないからひとりでもそもそと目玉焼き丼を食べたあとは、テレビもネットも見ずに早々と電気を消した。


 明日がいつの間にか今日になって、しばらく経った頃。玄関のドアが開く音で目が覚ました。
 寝ぼけた頭は一瞬「泥棒」の文字が浮かんだけれど、覚醒した頭がそれを否定する。テレビボードの上にある器に鍵を置く音。足音。これは光里のものだ。

 普段とは違う、ふらふらとおぼつかない足音は、真っ直ぐ寝室に向かってくる。

 ドアが開いて、それと同時に「ただいまぁ」と、普段とは違う間延びした声。

 飛び起きて「おかえりー」って抱き締めてやろうかと思ったけれど、光里がお酒のにおいと一緒にオレの額にキスをするから。抱き締めるのは中止して、幸せを噛み締めて、崩れるように眠ってしまった光里の髪を撫でながら、オレももう一度眠りにつくんだ。



 そうそう、オレの理想ってのはもうひとつあってだな。
 疲れて、化粧も服もそのままに眠ってしまった彼女のために、珍しく早起きして、包丁握って朝ごはんを作るんだ。
 目玉焼きは焦げてしまったし、肉野菜炒めはしょっぱいを通り越してなんかからいし、なめこはいつどうやってどういう風に投入したらいいのか分からなくてでろでろになっちゃったけど……。

 それでも、光里愛用のエプロンをつけて、きみを起こしに行くんだ。

「光里ー、起きてー、朝ごはんできたよー」

「んー……」

「光里ってばー」

「あと、ななふん……」

 待ってました、この台詞。オレはここぞとばかりに彼女の額にキスをおとして。

「起きないと、チュウしちゃうぞ」

 今度は耳にキスをして、彼女の髪をやんわり梳く。

「もう、してる……」

 不機嫌そうな声を出した光里の頬は、心なしかピンク色で。

 絵に描いたような家庭の図がなかなか果たされないのなら、オレが実行すればいい。そうすればほら、こんなにも幸せ。







(了)