それは突然のお誘いだった。

「今度うちの嫁と朝の市場に行くんだけど、崎田さんも行かない?」

「え?」

「武田くんにも声かけた。で、もう一人誘いたいって言ったら、崎田さんはどうせ暇だろうって」

「それ、武田さんの意見ですか?」

「うん」

「とりあえず武田さんのメタボ腹を殴っておきますね」

「あはは、そうだよな、失礼だよな」

「失礼ですよ。わたしだってデートや合コンに行きます」

「え、崎田さん恋人いたの?」

「いません、この話題やめましょう」

「まあ予定があってもなくても、俺は崎田さんを誘うつもりだったけどね」

 相変わらず罪な人。もしかしたら可能性があるのでは? といつも思わせる。本当は可能性なんてないのに。

 このお誘いも、行きたくはない。何が楽しくて好きな相手とその奥さんと出かけなきゃならないのだ。ふたりの姿を見て、辛い想いをするだけだ。

 でも店長はわたしを誘ってくれた。何人もいるスタッフの中から、わたしを。好きな相手からのお誘いを、断りたくはなかった。

 だからわたしは、辛い想いをしに行く。



 夜明け前。わたしたちは店の駐車場に集まった。

 昼番勤務で九時過ぎに退勤して、二十分かけて家に帰る。お風呂に入って仮眠をとり、軽く化粧をし、また二十分かけて店に戻る。そして今日はこの後遅番勤務が待っている。ただでさえ不規則なシフトなのにこの不規則な予定。いつまで身体がもつだろうか。

 寝ぼけ眼で挨拶すると「疲れてるなあ」と店長がわたしの髪を掻き混ぜた。せっかく梳かした髪が爆発したけれど、それを直すこともできないくらい眠い。

「もしかして寝起き?」

「寝起きです……」

「よく運転して来れたねえ」

「運転中は目が覚めてたんですが……」

「今日仕事休んでいいよ?」

「や、はい、いえ、大丈夫です」

 遊びに行った結果仕事を休むなんて、そんなことあってはならない。

「ほら、祐介、崎田さんにちょっかい出すのやめなさい」

 店長を止めに入った奥さんは、深夜でも変わらず美人だった。寒くないように着込んだ服のコーディネートも完璧。ふわふわした髪は、今日は後ろでひとつに束ねていた。

「ごめんね崎田さん、うちの人からかってばかりで」

「いえ、はい、大丈夫です」

「コーム持ってるけど使う?」

「あ、いえ、手櫛で大丈……」

 大丈夫です、と言いかけて固まった。バッグを探った奥さんの手が街灯に照らされ、よく見えたからだ。長い爪はピンク色で、花が描かれている。細くて長い指によく似合う。

「爪、綺麗ですね」

 思わず呟いた。奥さんは照れくさそうな顔をして「この間ネイルサロンでね」と笑った。

 前に店長が、わたしの爪を見たがっていたのを思い出した。その頃にやったものだろうか。

 なんにせよ、わたしには似合わないものだから羨ましい。この人は、わたしにないものを何でも持っている。容姿も、センスも、愛する人も……。