奥さんにバレそうだからと、その人―水木部長は言った。新人で入職してから今までの二年半付き合っていた、否、不倫していたその人。一回り近く年上で、仕事ができて、温厚。
もともと人見知りがあって人づきあいが苦手で、先輩にはやっかまれることが多くて。悔しくて、仕事を頑張れば認めてもらえると信じて、いつも突っ走っていた私。
唯一気にかけてくれたのが、水木部長だった。私はほとんど笑わないから顔もきつそうだと言われるし、無駄に手足が長いだけで胸もささやかしかない色気ゼロ。
恋愛経験だってゼロに近くて…だからちょっと優しくされて、声をかけられて、調子に乗ったんだ。ある日会社帰りにご飯に誘われて、それがご飯だけで終わらなかった時にはもう、好きになっていた。
会社のエントランスを抜けて少し歩いたところ、人が行きかう歩道のわきで水木部長は私を振った。
こんなムードもなにもないところで終わるんだと唖然としてしまったが、私なんてそんなもんなのかもしれない。いやです、と蚊の鳴くような声をやっとで絞り出したけれど、それは数メートル先を走り去った大型トラックの音でほぼかき消された。
水木部長の表情は変わらない。きっと、言葉がはっきり届いていたってなにも変わらなかったのかもしれないけれど。水木部長は、困ったように眉を下げて、ごめんな、とだけ言った。

