・・・スーツ、肩の線があってないわ。それから、靴も。胸元から視線を落として、スーツに似合わない運動靴を眺めた。疲れない靴は履くのは判るけれど、ホテルの従業員でもあの運動靴はないでしょ。

「いかがされましたか?お客様」

 男が口を開いた。

 私は彼をじっと見たままで、低い声で言った。

「・・・パウダールームはどこですか?」

 男は接客業の笑顔を見せて、手の平を私の後方へ差し向ける。

「右に曲がってまっすぐでございます」

 完璧な笑顔が、わざとらしかった。

「案内してくれませんか?少し酔ってしまって」

「案内係をすぐに呼んで参ります」

 そう言って踵を返しそうな男の背中に、私はパッと声を飛ばした。

「あなたに、お願いしてるの」

 ねえ、名札のない、体にあわない制服を着ている不審者さん。私は目を彼から外さなかった。

 男は一瞬黙る。それから、畏まりました、と静かに返した。そして足音も立てずにするすると近づいてくる。

 トイレの場所なんて判っていた。だけど、あまりにも怪しいこの男がどう動くか見たかったのだ。桑谷さんが居たら怒るわね、きっと────────そう思いながら、それにその時の夫の顔を思い浮かべながら笑いそうになって、結構な衝撃を、体に感じた。

「・・・う・・」

 男の手刀が、私のうなじに入り込んでいた。

 ぐらりと揺れて回る視界。

 すぐに暗くなってきて──────────────


 私は、意識を失った。