おお、よく判るわね。私はちょっと驚いたけれど、うんと頷いた。普通はそういう考え方なのかしら。なんて人達だ。
彼は考えるときのくせで、人差し指を唇にあてて黙っている。それから、特に小声でもなく、普通の声で話し出した。
「まり、今日の夜は雅坊を俺の実家へ連れて行ってくれ。母には話してあるし、ちょっとの間離れて暮らすほうがいいかもしれない」
「え?」
私は夫をマジマジと見た。離れて暮らす?誰と誰が?
私の疑問を読み取ったらしい夫が、いつものひょうきんな軽い言い方でさらっと言った。
「君と、雅坊だ。しばらく俺と離れて暮らす。その間に俺が蜘蛛を何とかするからさ」
「え、嫌よ。仕事が遠くなるじゃない」
私は憤然として一応の抗議を試みる。だけど、そんなことしたって無理だとはわかっていた。この申し出は彼の中では決定事項であるのだって。
やっぱり彼は笑ってスルーした。
「頼む。時間稼ぎが必要なんだ」
・・・確かに、彼の実家からここには通えない距離ではない。何かよく判らないけれど、彼には考えがあるらしい。すでにひょうきんな笑顔であはははと笑ってはいるけれど、目が笑ってないのよ、もう。
普通の声で言うから周囲の人には聞こえているに違いない。職場で家庭内別居を宣言されたような気持ちで、私はかなりの居心地の悪さを感じながら、渋々立ち上がった。
「・・・了解。じゃあ、今晩私の仕事が終わって雅を迎えにいったらそうするわ」
「うん」
時計をみた彼は休憩時間が終了間際だと呟く。じゃあな、と同僚の元へと戻る彼に手を振って、私はトイレへと向かう。こっちもお昼ご飯を食べて、午後に備えなくっちゃ。



