「蜘蛛野郎に雅のことを知られたくない。君が送るより俺が行った方が、もし尾行されてるなら気がつく可能性が大きいからだ」

 私はゆっくりと頷く。

 勿論、それは判っていたのだ。

 だけどこちとら普通にこの町で暮らしている一般市民で、当たり前だけど戸籍謄本にも住民票にも桑谷彰人を筆頭として家族構成がのっている。ヤツは調べる、と断言していたのだし、今更雅坊の存在を隠すのは無理だと私は思ったのだった。

 それに、保育園に居るほうが息子は安全だ。それは間違いない。今の保育園では連絡なしでは例え身内であっても引き渡してはくれないし、幼少なので一人での行動も少ない。だから問題は家に私と息子がこもる夜だと思っていたのだけれど、桑谷さんは保育園まで発見されることを恐れているらしい。

 彼は頭にのせたタオルの淵から私を見下ろす。

「こうなったからには仕方ない。今日は休めないが、英男にも協力してもらってヤツの情報を集めるつもりだ。そして、早々に何とかしてしまいたい」

「そうね」

 私は同意する。だって、あんな面倒なバカ野郎についてこられるなんてごめんだわ。

「君と」

 桑谷さんが低い声で言った。いつも意識して出しているのだろうひょうきんなキャラクターはカケラも見えない顔をしていた。

「雅に、手を出させるわけにはいかない」

 黙って考えた。ここでまたふざけた軽口を叩くと、彼はあの、「今すぐ何放り出してもいいからこの女の首をしめたい!」という顔をするのだろうなあ~って。

 ・・・言おうかしら。例えばほら、「手を出すんじゃなくて、足ならいいの?」とかさ。