「うお!桑谷さんから逃げたんすか!!それは凄いかも!!」

 誉田さんが大声でそう言って、部屋中の人間が顔を顰めた。本当に、ボリューム調節ボタンがあるなら連打したい人だ。

「で、こっちに電話した」

 滝本さんがあとを引き取って、桑谷さんが頷いた。それから二人で意味深な視線を私に向けてくる。どうせこの女のせいだ、とでも思ってるのだろう。私はその面倒臭い視線をあっさりと無視して、眠っている二人に屈みこむ。

「いつまで眠るのかしら。起こせないんですか、これ?」

 飯田さんが滝本さんを見て、上司が頷くのを見てから事務所内のミニキッチンの方へと歩いていく。

 滝本さんがいつもの柔和な微笑を口元に浮かべて私に言う。

「起きてもらいましょうか。話を聞かないとどうにも判らないし。ちょっと彼らには気の毒ですけどね」

 え、何するの?私がぎょっとして夫を見ると、桑谷さんは無表情で肩を竦めた。

「気付だ。ショックで、あとで吐き気に襲われる」

 うわ~、それは可哀想に・・・。

 飯田さんがコニャックを瓶ごと持ってきて、それをハンカチに含ませる。傍らで誉田さんがビニール袋を用意しているのを見て、私はくるりと壁の方をむいた。

「どうぞ」

 横を見ると何やら差し出す湯浅さん。その手の中には耳栓があったので、遠慮なく使わせていただくことにする。拷問の音は聞きたくない。私がそれを耳に差し込んで湯浅さんが換気のために窓を開けにいった間に、可哀想な歌手とそのマネージャーは強制的に薬から目覚めさせられたらしい。