「寝てる人間は重いんだぞ!」

「知ってる。だけどお前が勝手に始めたことだろう。手伝ってやるが、それは調査だけだ」

「心が小せえぞ、英男!」

「追加料金なら喜んで頂くが」

 ぶつぶつ言いながら歌手を抱きかかえて部屋を出る桑谷さんを見送って、滝本さんが私を振り返った。その表情はすでにうっすらと浮かべた微笑で仮面を被っていて、眼鏡の奥の瞳は細めてあるから考えが読めそうになかった。さっきまでの夫に対して見せていた人格は、姿を消したようだった。

 男性にしては高めの声を小さくして、滝本さんが言った。

「蜘蛛と何があって、こうなったんですか?」

 私は歌手とマネージャーの物と思われる鞄やコートなどを持って、忘れ物がないかを確かめていた。ドアの側に立つモデルのような滝本さんをちらりと見て、仕方なく説明する。

「友達が主催者側の人間なので、来たパーティーなんです。帰ろうかと思って廊下を歩いていたら、怪しい男とすれ違った。だから声をかけたらいきなり暴行されまして」

 ひゅっと、彼の片眉が上がった。

「暴行」

「えーっと、いえ、手刀で首の後ろをコーンと。それでちょっと倒れてしまって」

 滝本さんが、頷いた。ああ、その暴行、と口の中で呟いたのを聞き逃さなかった。ふん、と私は目を半眼にする。一体今、あんた何を期待したのよ。