私はくるりと振り返る。

「そう、帰らないわ。だってあの男が何するのかわからないもの。でも別にいいのよ、あなたは家に帰って、どうぞゆっくりして─────────」

「まり、君は素人だろう。それに関係ないことだ。首を突っ込むのはやめてくれ、頼むから」

 ふん、と私は鼻で笑う。自慢じゃないけれど、私は彼と付き合いだしてから実に色んなメにあってきたのだ。多少は度胸がついてしまっている。

 私はゆっくりと夫へ近づく。彼はむすっとしていて、その眉間には皺がより、体は緊張して戦闘態勢に入っているようだった。

 手を彼の肩へと回す。静かに背伸びをして、目を開けたままでキスをした。軽い軽いフレンチキスを。彼の唇に、私のグロスがうつる。

「・・・何だ?」

 怒りの消えた彼の冷静な一重の目に、私がうつっている。その私はいつもより華やかな化粧をしていて、ニッコリと笑った。私は静かな声で言う。

「心配なら一緒にいていいわ。だけど、邪魔するなら消えて頂戴」

 うー、と低く低く彼が唸る。

 私は丁寧に彼の唇からグロスを拭い取って、一歩離れた。

 くそ、小さく呟く声が聞こえた。暫く見ていると、桑谷さんが口元だけで笑う。きゅっと左端を持ち上げて、苦笑していた。

「何だってこんなじゃじゃ馬に惚れちまったんだ、俺は?」

「楽しいでしょ?」

「楽しくねーよ。・・・けど、仕方ねーな、畜生。・・・やりたいようにやってくれ」

 うふふふ、私は笑う。

 さて、蜘蛛はどこに行ったのかしら?