出勤したてのボーッとする頭で、社内掲示板に貼られた辞令のA4サイズの紙切れを流し見て通過。


低血圧だからというわけではないけれど、それほど朝は得意じゃない。
眠くてたまらない頭をガックンガックン揺らしながら地下鉄に乗り、毎朝出勤しているのだから。


ん?と、足を止め、巻き戻して後退。
もう一度目を凝らしてじぃ〜っと辞令をよく読み直した。


「金子基之」の文字が書いてある。
印字ミスではなさそうだ。
かねこもとゆき、カネコモトユキ。


━━━━━嘘でしょ?


ボーッとしていたはずの頭が一瞬にしてクリアになり、眠気は吹っ飛び、むしろひとりでオロオロとうろたえていた。


「か、金子って、金子って……」


ぼそぼそつぶやきながら頭をかいていたら、ポン!と後ろから肩を叩かれた。


「おはよう、結子」


ドキッとしてビクッとしてギクッとした。
この世界が漫画だったなら、そういう効果音がピッタリの心境だ。
どうにかこうにか返事を絞り出す。


「お、おはよう、樹理」


私の肩を叩いてきたのは、同期の山崎樹理だった。
取り乱した姿を他の従業員に見られるのは避けたかったけれど、彼女ならばセーフだ。


なぜなら樹理は私と金子基之の、とある事情を知っているからだ。





会社では仕事熱心な女・綾川結子で通っている私の、28年という人生の中で二番目に思い出したくないあの出来事。
最も思い出したくないことは……ここでは伏せておくけれど。


とにかく、計画的に繰り出されたものなのか、いつからそう思っていたのか、最初からそうだったとしても私はちっとも分からなかったけれど、色々と謎な男・金子基之。


彼とはちょっとした因縁があるのだ。


それは、忘れたくても忘れられない出来事だった。