金子が異動してきて半月ほどが経過した。


彼はこの2週間ほどの間、前任の沢渡主任からの申し送りの書類やデータに目を通す作業や、本店店舗内の見回り、それから本社のお偉いさんへのご挨拶などに忙殺され、私の仕事にそこまで支障をきたすということもなかった。


毎日顔を合わせるのはいかがなものかと思っていたけれど、彼は何かアクションを起こすでもなく仕事を淡々とこなしている。


なんとなく、あの5年前の出来事は私の夢だったんじゃないかって思い始めてしまうほどだった。





しかし、人生とは本当に不思議なもので。
「会いたくない男」のひとりが大して害を与えてこないことにひと安心していたら、今度はもうひとりの「会いたくない男」が接触してきたのだ。


ある日、出社して一番に廊下で出くわした男。
それは私にとって金子よりも何倍も会いたくない男だった。





従業員用通路を足早に歩き、タイムカードを切ろうとバッグから社員証兼名札を取り出した時。
すれ違いざまに誰かと肩がぶつかった。


「あっ」


私が声を出した頃にはもう遅く、相手は抱えていた資料をドサドサッと豪快に床に散らばった後だった。


「ご、ごめんなさい!よく前を見てなくて……」


慌てて頭を下げて謝ると、前はよく耳にしていた低い声が上から聞こえてきた。


「なんだ、結か。気にするな」


━━━━━は?「結」?


急いで勢いよく顔を上げると、そこにいたのはもう「嫌い」を通り越して「呆れる」相手。
私の元彼の、小野寺健也が立っていた。


上等なスーツに身を包み、深いグリーン地に細やかなドットが刻まれたスタイリッシュなネクタイをつけて。
少し長めの髪はサイドに流し、スラリと身長も高い。
目力の強いハッキリとした顔立ちに、うっとりしてしまう女性のお客様や女性社員は少なくない。


誰がどう見ても「この人はイケメンだ」と口を揃えて言うであろう彼は、私が半年前まで付き合っていた男だった。