「私、あなたに謝らなきゃいけないことがあるの」


もう間もなくマンションに着くという頃、私は思い切って話を切り出すことにした。


金子はちょうど缶コーヒーを口に運びかけたところで、その手を止めて不思議そうに首をかしげていた。


「謝るって……何を?」

「5年前のことなんだけど……」


突然の私の話に、彼は面食らったように目を見開いて、そしてブンブンと首を振った。


「いやいや。それは綾川さんが謝ることじゃなくて……」

「ううん。だって私……ビンタしたもの」

「ちょっと待ってよ。俺なんてキスしたんだけど」


なんだ、この会話。
普通にしゃべっているけれど、傍から見たら明らかにおかしい会話である。


しかし、本人たちは至って大真面目。


「そもそもあれは私が悪いのよ。だってあなたのことを覚えてなかった上に、彼氏まで出来ちゃってて……」

「仕方ないことなんだよ、それは。人を好きになるのは止めようがないし、事の発端は俺の顔がインパクト無かったからであって」

「だからってビンタしていいことにはならないの。立派な暴力行為だと思うのよ」

「あれは確かに効いたけどね」


あはは、と場違いなのんびりした笑い声を上げた金子は、


「あんな昔のこと、もう忘れてよ」


とつぶやいた。