痛い、イタイ、いたい。
身体中が痛い、筋肉痛か?体力を使う仕事は好きではない、ではなぜ?

「・・・・あぁ、そういうことか」

骨を何本か折っているらしい、起き上がる事も出来ない、呼吸も苦しい。

身体を捩ろうとすると右手に誰の手。小さく柔らかい、女の子の手。

「みすずちゃん・・」

自分と同じ様に仰向けに倒れている少女。
全身びしょ濡れで死体みたいだ。

可愛いなぁ、と思ったと同時に感じる恐怖

「みすずちゃん、おきなよ、おきにながされた・・・ざんねんだけど、たすかった」

起きない、身体に鞭打ってみすゞの側に寄る。

「みすず、ちゃん、おきて、おきておくれよ。おねがいだ、めを、あけてくれ」

「おいて、いかないでくれ・・・わたしも、いっしょにつれていってくれ・・・」

みすゞの頬を撫でる

息をしていない、太宰は言った

「ワタシも一緒に、連れていってくれ」

みすゞの上に身体を押し付ける
強く、つよく・・・

海水に長時間浸かっていたからだ、ひどく冷たい。

「・・・・・ごほっ!」

水だ、口から水が出る。
みすゞの身体に覆い被さる身体を起こしみすゞの身体の上で四つん這いになる。

病人の様に何度も咳を繰り返しているみすゞを見つめる。
生きてる。
胸を上下させ必死に空気を吸い込む。

ほどなくして、みすゞは自分の上に覆い被さる太宰に気づいた。

安堵した表情でみすゞは言った。

「太宰さん、私、いきてる?」

可笑しそうに質問する。
みすゞの質問に太宰も可笑しそうに答える

「残念ながら、いきてるね」

皮肉のつもりで言ったのに、太宰の顔は嬉しそうだ。
力が抜けた太宰の身体は再びみすゞの身体に覆い被さった。

生きている、暖かい。
心臓のトクトクした音が子守唄の様に思え、意識が飛んでいきそうだ。

「一緒に死ねなくて残念ですね」

聞こえてるか分からない言葉を太宰に向けた。
実際、みすゞは太宰と共に逝っても良かったと思っていた。
水面とぶつかる前に聞いた小さな言葉。

「君となら、死んでもいい」

悲しそうな、泣きそうな顔で言われれば怒る気にもなれない。
死を覚悟したのは初めてだったが、同時に安心してしまった。

この人とならいいかもしれない

「とても疲れる休日でしたよ」

皮肉を言うのはこれでお仕舞いにしよう、喋るのも動くのもつかれた。

「自殺未遂なんて初めてです」

「君の初めてを貰えて嬉しいよ、なんだか卑猥だね」

太宰は軽口を叩ける程体力は戻った様だ。
ニコニコと笑っているがいつもより弱々しく見える。
流石に太宰も疲れたらしい。
みすゞも早く家に帰りたいと思っている。

「ところで太宰さん、私達、どうやって帰るんですか?」

・・・・・・・・・・

沖に流れ着いたのはいいが此所が何処だかわからない。鞄も車の中、お金も持っていない。

「・・・・困ったね」

身体中はボロボロ、立てたとしても街が何処にあるのかさえ分からない。
お互い骨折も多いだろう。

「携帯は持っている、防水だから多分大丈夫。あとは、誰を呼ぶかだね」

この際誰でもいい、誰でもいいから助けに来てほしい。
太宰は呼ぶ相手を慎重に選んでいる。

「ワタシ一人だったら誰も来てくれなかったよ、みすゞちゃんと一緒で良かった」

太宰がコートのポケットを指差す、みすゞはその中から携帯を取り出した。

「誰でも良いわけではないが、誰かに電話してくれないかい?」

「私が?」

「女の子の声だったら皆話を聞いてくれるからね、本当に薄情なんだよ、皆」

苦笑いしながらアドレス帳を開く。
登録している人は意外にも男性の名が多い
てっきり女性の名で埋まっていると思っていた。

「中島先生?」

中島君、そう登録されていた。
同名な人など多くいるが知り合いなのだろうか?

「彼にかければすぐ出てくれるよ、クレームも付くけどね」

みすゞちゃんの学校の先生だったね。

どうやら同一人物らしい。
知らない人ならば恐縮するが知っている人なら話は早い、みすゞは中島に助けを求める事にした。

呼び出し音が長く聞こえる、
がちゃり、相手と繋がった音。

「10文字以内に纏めろ」

「助けてください」

相手の要望に懇切丁寧に返す。

「・・・・・金子!?」

驚いている、いや、元々太宰の携帯なのだから驚かずにはいられないだろう。

「なにやってんだ?」

心中未遂です、なんて言えるわけない。
みすゞは乾いた笑いを溢すしかなかった。