恐ろしさに目を瞑ると、暖かい熱風が頬をかすめた。
しかし、いつまで待っても痛みもなにも感じない。
恐る恐る目を開けると、私の1m先で一つ目が火にあぶられドロドロと溶けだしていた。
「ひっ!」
『…オ、レ………ノ……ア……………………』
小さく呟いて、一つ目は動かなくなった。
「大丈夫か?」
私が一つ目から朔夜様の方に目を向けると。
彼の顔の横に上げられた右腕からは、青白い炎が立ち上り、ユラユラと揺らめいていた。
腕をひと振りしてそれを消し去ると、彼は私の元に歩み寄ってきた。
座り込む私の前にしゃがみ込むと、朔夜様は私の頬をなでた。
先程のことを思い出してしまい、びくりと肩を揺らすと、彼は。
「………怖いか?」
「……大丈夫、です」
少しだけ震えるけれど、これは朔夜様にじゃないから。
「………何故逃げた?」
「え?」
「………確かに急だった気もするが…逃げることはないだろう」
私を見つめる彼の表情は、何かを堪えているように見えた。
「……………その…あったばかりの人と、結婚って……」
なんとなく顔を見れなくて俯いたまま言うと。
「あったばかり?」
顎を掴まれて上に向かされた。
「………覚えていないのか?」
「え?」
信じられないとでも言うように彼は私の目を覗き込んだ。
「………十年前、ここで会ったろう。俺と」
「………え?」
私には、全く身に覚えがなかった。
「……………寂しくないよう、ずっと一緒に居てやると」
「大人になったら、迎えにゆくと、言ったろう」
それを聞いて、耳の奥でこだまする。
『ずっと一緒だ』
「あ…」
そうだ。
昔、お祭りの帰り道に迷子になったことがある。
その時、お祭りの喧騒がウソのように寂れた場所に、神社があった。
何故だったかは忘れてしまったけれど、不思議とその神社に惹かれた。
そして。
立ち寄ったそこに、寂しげな青年がいた。
私と同じだと思い声をかけた。
咳き込む私の背中をさすってくれた、暖かい手。
それは。
今、私の頬を撫でてくれている、この手だ。
さみしいと言った私に、ずっと一緒だと約束してくれた、優しい声。
「愛由里?」
…………彼の、声。
あぁ、どうして忘れていたんだろう。
あのとき、あんなに嬉しかったのに。
彼を考えては大人になる日が待ち遠しくて眠れないほどには。
「………約束」
「?」
そっと、彼の小指と、自分のを絡ませる。
「………おぼえていてくれて、ありがとう」
「…!」
まだはっきりとは思い出せない。
けれど、朔夜様が、あの日のお狐様だということは、思い出した。
私が忘れてしまっていた期間も、彼はずつと覚えていてくれたのだ。
小さな子供の言葉を信じて。
あぁ、どうしてかな。
それだけで、少しだけ、彼が愛しく思えてしまった。
「………覚えていろ…馬鹿者」
「…ごめんなさい」
こつん、と私と朔夜様の額がぶつかる。
「……………俺は、ずっとお前を待っていた」
その言葉が嬉しくて。
いつの間にか、あんなに怖かった想いが消えていた。